murasaki

記憶の記録。あるいは独白。
定年破壊 / 清家 篤
評価:
清家 篤
講談社
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(2000-09)

■概要(Amazonより引用)

定年からの引き算でない人生を設計する方法
定年を境に過去の実績や栄光が消え去るのはおかしくはないか。今や、定年は反社会的制度である。引退の時期を自分で決め、豊かな人生を築くための参考書。

 

■所感

年功序列は、人が年齢とともに成長し能力が高まっていく前提の基に構築されている仕組みであるが、ではなぜ一律の年齢で会社から追い出される仕組み「定年」が存在するのか。よく考えればおかしな話である。

本書は、この矛盾の裏にある本音と建て前を定年制度ができた時代背景から明らかにするとともに、それが今後の世の中において如何に非合理的な仕組みであるかを鮮やかに説明してくれている。何より定年を軸にした年功序列型の仕組みが、若者だけでなく、シニア世代、もっと言えば世の中全体にとってマイナスの影響を及ぼすことを客観的かつ論理的に述べている。多くの企業人が抱えているであろう、漠然と感じる年功序列の仕組みに対する不満・不安にしっかりと根拠を与えてくれ、個人的には読後に非常に納得感が残った。

それほど有名な本ではないと思うのだが、これは名著ではないだろうか。特に日系企業に勤める方で自身の会社の在り方に問題意識を感じている方に強く強くお勧めしたい一冊である。

 

また、本書は約20年前に発行された本ではあるが、現在の自分が本書の内容に強い納得感を感じているという事実が、如何にこの期間の間に企業が変わってこれなかったかを表しているともいえる。この変化の乏しさが、まさに定年を前提とした仕組みが生み出しやすい”既得権益”の結果であるとも考えられ、問題の根深さを強く感じる次第である。

 

■メモ

  • 定年後の第二の職場では、過去の栄光を忘れて一から出直す覚悟をせよ、といったアドバイスがされたりしている。(略)働く意思と仕事をする能力がある人を年齢が来たら辞めさせる、そのような制度を前提に、「昔の栄光を忘れよ」などと説教するのは、考えてみれば転倒した議論と言わざるを得ない
  • 定年という制度をもてなくったため、一般的なアメリカ企業がとても困っているという話はほとんど聞かない
  • 働く意思と仕事能力をもった高齢者に、できるだけ長く本格的に働き続けてもらうということである。結果として社会保険料や税も負担してもらい、社会に支えてもらうようになる時期を後に贈らせてもらえることになる
  • 経営者が60代で就業可能なら一般サラリーマンはなお可能と考えるのが自然であろう。自ら60代、70代の経営者が庭園廃止に反対するのは、賃金コストがかさんでしまう、年功的な賃金体系のため
  • 実は年齢差別禁止法によって定年退職制度が否定されているアメリカでも、高給をもらい多額の退職金を受け取るような圭江管理層については、定年の設定を例外的に認めている
  • リストラで中高年を真っ先に雇用削減の対象とするのは、まず何よりも彼らの賃金が高いから
  • 労働組合は、定年廃止や定年延長の前提である年功賃金のフラット化にも賛成していない。もともと生活給という意味での年功賃金は、労働組合にとって能力や業績本意の賃金より望ましい。特に中高年の組合員にとっては既得権益である
  • 年功的な賃金体系が定年を必要とする。賃金コストはどんどん高くなるし、賃金が上昇し続けるのであれば、個人は自発的には会社を辞めようとしない
  • ラジアーの法則。若年層での貢献度>賃金、シニア層での貢献度<賃金。年功制度とは長期で能力と賃金とバランスさせる仕組み
  • 投資の回収期間が若い従業員ほど長いという考え方は、技術構造が安定的な場合にのみ当てはまる話。陳腐化が早ければ短期間しか技術を使えず、そのメリットを享受できない
  • 「年を取った人をえらくする」と「年を取った人は邪魔だ」は逆のことのようでその根っこは一緒。年を取った人を偉くする仕組みだから年長者にいつまでもいられると困る
  • 子どものときには勉強しすぎる、大人になったら忙しすぎる、年をとったら暇すぎる、後者2つは密接な関係にある
  • 賃金を年齢とは関係なく、フラットにすればよい。究極的には賃金と貢献度を常に一致させる仕組みにすればよい
  • プロフェッショナルの条件 −―ざ箸必要、外部水準に照らして評価できるか、4覿抜岼榮阿魏椎修砲気擦觧伝箸澆梁減漾↓げ饉劼任呂覆仕事への帰属意識
  • 社内の研修なども会社の一方的な押し付けでなく、個人の意思で決定させるべき
  • プラザ合意により、日本企業は商品やサービスを大量に生産するコスト競争ができなくなり、付加価値で競争しなければならなくなった。付加価値競争の時代では、社内の様々な部署を経験し組織運営に精通した年長者が必要だったが、付加価値時代ではプロフェッショナルが必要になる
  • 労働時間短縮による生産性向上という因果関係も実際には存在する。会社に長くいることを前提にした無駄な労働が残っているため
  • 家族などのゲマインシャフトと企業なド利益追求集団であるゲゼルシャフト、後者ー機能集団に情愛観念が持ち込まれてしまっている。情愛を基本とする仕組みなら、年上の人を無条件に尊重するのも自然だが、この企業一家・企業人間が問題視されている。会社人間になった結果、地域社会や家庭といった場への帰属意識が低s菓子、企業以外の集団の活力低下を招いている。年長者が尊重されなくなってしまっている。つまり、本来機能集団であるべき企業が疑似的情愛集団になってしまったため、本来の情愛集団の中で尊重されるべき年上の人たちが尊重されなくなってしまっているという皮肉な現象が起きている(定年退職=定年離婚)
  • 雇用保障のために必要な労働市場の強化のためには、むしろ年齢による差別をなくすことが必要
  • アメリカでも20代まで急こう配な年功的な賃金制度となっている。このあたりは先輩は無条件に後輩より偉い状態にないと、教える気も失せるから
  • 雇用にかかわる政策(年金、医療保険)なども、定年を前提にしてしまっている
  • 定年退職制度は年齢基準の雇用制度の象徴であるから、年齢を基準としない仕組みをつくることは、本来仕事に関係ないはずの個人的属性を基準としない雇用社会を作る一般原則のためにも重要
  • 長期収支バランスの年功体系は外国人や女性にとっても問題となる。長期勤続になじまないライフイベント等をもっているから
  • 定年なしの雇用制度は無条件の雇用を意味しない。むしろ整理解雇もありうる
  • 高齢化をもたらす個人の長寿化と少子化は、どちらも経済発展による所得の上昇によって生じる現象
  • 定年から逆算で考える人生設計は単線型の人生背系になりやすい。その路線が途中で消えてしまえば、人生設計は根底から崩れてしまう
  • プロフェッショナルは、自分の職業キャリアをいつ終わらせるかを、外圧でなく、自分の判断で行える人ないといけない
  • プロフェッショナルというのは、自分の生きた証として仕事上の評価を強く希求する人たち
  • 本書で主張した定年破壊によって、引退の決定が個人の手に取り戻される。それは人間にとって極めて大切な職業人生を個人の手に取り戻すために不可欠

以上

| ビジネス書(組織・人事) | 14:32 | comments(0) |
シニア人材マネジメントの教科書 ―老年学による新アプローチ / 山 みゆき (著), 長田 久雄 (監修)

■概要(Amazonより引用)

老年学は年齢を重ねることで、人はどのように変化するかを、心理、教育、経済、労働、医学など各分野から学際的に研究する学問。本書は、その研究成果を企業の人事現場に応用し、これまで知られていなかった画期的なノウハウを提供します。

 

■所感

本書の内容は、人事部門向けというより事業部門のミドルマネージャー向け、対組織というより対個人へのアプローチ、ホワイトカラーというよりブルーカラー寄りの労働者を対象にしている感があり、手に取る際は注意しなければならない。

自分は、会社としてシニア世代を生かしていくための人事制度やキャリア開発といった観点での話を読めるのかと思ったのだが、実際には現状のシニア世代の社員に対するコミュニケーションの仕方や配慮、果てには「なぜ高齢者の指がタブレットに反応しないのか」「高齢者のお辞儀の仕方」まで、かなりミクロな話が書かれていた。

 

さて、その認識違いはさておき、これって「シニア人材のマネジメント」なのだろうか?という疑問を拭えなかった。現在のシニア人材の本質的な課題は、本書に詳述されている身体的な衰えよりも、それを補うはずの「専門的知見」や「モチベーション」を発揮できていないことにあるんじゃないかと。つまり、「使にいくいシニア人材をどう使うか」ではなく、どうやって「使いにくいシニア人材を生まないか、あるいはそういう人材が早めに互いに納得する形で退出してもらえるか(そしてフィットする転出先に行けるか)」こそが本質的な課題じゃないのかと。

言葉は悪いが、本書はシニア世代の「ジジイ的な側面」を強調するばかりであり、自分がシニアだったらやや胸糞悪く感じるだろう。そもそも表紙の穏やかな老人の挿絵自体が物凄くステレオタイプなシニア像を強調している感もあり、あまり読後感のよろしくない一冊であった。

 

■メモ

  • 流動性能力(新しい物事を学習したり覚えたりする能力)は落ちるが、結晶性能力(一般的知識や判断力、理解力)は落ちない
  • タッピングテンポや動作速度の差は大きくない
  • モスではアルバイト募集の年齢制限を撤廃したところ応募が増えた。モスのゆったりした、丁寧さを求める仕事の進め方がシニア世代にも合っていた

 

以上


| ビジネス書(組織・人事) | 14:28 | comments(0) |
風の声が聞こえるか サッカーボーイズU-17 / はらだ みずき
評価:
はらだ みずき
KADOKAWA
¥ 1,620
(2017-10-26)
コメント:風の声が聞こえるか サッカーボーイズU-17 / はらだ みずき

■概要(Amazonより引用)

いつか応援席ではなく、 芝生のピッチに立ってやる。熱き高校サッカー小説

県立青嵐高校サッカー部の武井遼介は、2年に進級してもAチーム入りが叶わず、Bチームでもがいていた。県3部リーグ優勝を目標に戦う中、遼介はチームのエース・上崎響と試合中に口論となり、衝突してしまう。上崎は、サッカーに対して迷いを抱えていた。インターハイでは、スタンドで応援役にまわる遼介らBチームの部員たち。Aチームのために声を嗄らし、練習を重ねた応援歌を熱唱するが、遼介の胸には、このままでは終われない、という気持ちが強くなっていき――。

 

■所感 ※若干のネタバレ含む

以前紹介した『サッカーボーイズU-16』の続編にあたる本書。前作でも異質な存在感を放っていた「上崎響」を中心とした物語となっている。

相変わらず描写が丁寧で、自分の高校サッカー部時代なんかを思い出しながら、終始頷きながら読んだ。特に上崎のような、見た目がシュっとしていて、テクニックがあって、運動量がなく、そしてどこか集中力や規範意識が欠けた、何を考えているのかわからない、カリスマ的な選手っていたな〜と。この類の選手は本当扱いずらく、実際本書の上崎もチーム内で治外法権的な扱いになっている。モノを言うとすれば、監督やコーチしかいないのだが、彼らも彼らでその世代のエース格だけに扱いずらそうにしている、というこのあるある感。

で、そんな上崎に対して、主人公遼は怒りのような、嫉妬のような、期待のような複雑な感情を抱き、やがて衝突するわけだが、自分からすれば「わかる、わかる」という感じで、本当に感情移入して読んでしまった。そして、そこからの本当の意味での「チーム」が形成されていく過程はなかなか感動的だった。

次回はまたややこしい1年生なんかが入ってきたりするのだろうか。早く次回作が読みたい。

 

以上

 

| 小説・エッセイ | 10:46 | comments(0) |
当ブログと京都サンガの”平成”を振り返る

このブログを2008年に立ち上げて、今年で11年になる。気づけば記事数も300に到達しようとしている。今読み返すとどうしようもない内容の記事も多いが、一方で我ながら埋もれさせてしまうのも勿体ないと思うものも少ないが存在する。特にサンガに関する記事は毎度魂を込めて書いてきた分、思い入れが強い。

 

そこで、ちょうど平成が終わった節目でもあるので、サンガ史の振り返りも兼ねて、サンガに関する過去記事のうち特に自分が気に入っている10の記事を紹介しようと思う。ただし、振り返りにあたっては、せっかくなのでそもそもの自分とサンガとの出会いやブログ開設の経緯から話そうと思う。

 

 

■サンガとの出会い〜ブログ開設前まで(1995年〜2007年)

 

初めてサンガの試合を観に行ったのは1995年の鳥栖フューチャーズとの一戦だった。当時、父親に連れられてよくわからず観に行ったと思うが、J昇格に向けたスタジアムの熱気を身体で感じた一日だった。

特に1998年ごろはよく観戦に行ったもので、黒崎や松永、シーラス、そしてエジミウソンが何故か大好きだった。子どもながらに観ていて頼れる存在だったのかなと思う。

 

とはいえJ昇格以降のサンガの苦渋の道のりは周知の通り。頭に残っているのは負けた記憶ばかりで、実際当時はこれほどまでに負けが多いことが不思議でしょうがなかった。しかし当時は「なぜサンガは弱いのか」という素朴な疑問に答えてくれる人はどこにもいなかった。自分の周囲でサンガが好きという人間はほぼおらず、サンガについて熱く話せるのは自分の兄弟くらいであった。

 

2000年からの3年間は、京都から他府県に引っ越したこともあり、サンガを観る機会が極端に減った。その3年の間にサンガは2000年J2降格・2001年J1昇格・2002年天皇杯優勝というまさしくジェットコースターのような日々を過ごしていたわけだが、個人的には悲しくも嬉しくもありながら、どこか他人事な感覚が正直あった。

特に2001年頃に何かの用事で京都に行った際に、1年ぶりくらいに西京極でサンガを観たときの不思議な感覚を今でも覚えている。黒部という見慣れない、しかし絶対的なエースがいつの間にか君臨していて、サポーターは「くろべーくろべーサンガのくろべー!」と誇らしく歌っている。本当に別のチームに変わったんだなと実感させられた。

 

2003年から京都に引っ越し、またサンガを少しずつ観るようになった。この年の最終結果はJ2降格。シーズンの最初から最後まで調子が上向かず、個人的にも辛い記憶が多い。その一方で、観戦に行く度にダラダラと負けるこの感覚が、不思議と懐かしくもあった。

その頃だと思う、今はなくなってしまったが、「唯紫論」というサンガの戦評を書くサイトを発見した。それは、幼少期からずっと感じてきた「なぜサンガは弱いのか」を、初めて論理的・図解的に説明してくれる存在であった。また単にロジカルなだけでなく、その言葉の節々からは、どうしようもないクラブへの愛憎を感じたものであり、見るたびに共感するばかりであった。初めて読んだときは感動したし、純粋に憧れた。こんなクラブであっても、他クラブでお目にかかれないような素晴らしいサポーターがいるのだなと。

 

2005年はサンガにとって一つの転換点だろう。黒部や松井をはじめとした伝説の天皇杯優勝メンバーはほぼいなくなる、もしくは試合に絡まなくなった。代わりに強烈な外国人トリオやJ2オールスターと言われるような新たな陣容に生まれ変わり、2003・2004年の暗い記憶を吹き飛ばすように、豪快に勝ち続けた。

自分は部活でほとんど現地観戦はできなかったが、何となく良い思い出は多い。特に開幕戦の水戸相手の2点差の逆転劇、その際のアレモンの不思議なダンスは今も頭に焼き付いている。

一方で、パウリーニョがすごいのはわかるが、試合内容をちゃんと見ても何故これほど勝てるのかがよくわからないチームでもあった。ただただ勝負強いという印象で、翌年のJ1に向けてぼんやりとした不安を感じていたことをよく憶えている。

 

その不安は2006年にしっかりと的中した。そして、それまでその年ごとの結果に一喜一憂していたのが、この3度目の降格を経験したことで、はっきりと思ったことがあった。ああ、サンガって他のどのJクラブよりも駄目なクラブなんだなと。感じたというより突き付けられたという言う方が正確なのかもしれない。

したがって、クラブの経営に強い問題意識を持ち始めたのはこの頃である。

 

2007年、自分も大人と言える年齢になり、試合を現地で観ることもかなり増えた。

この年はサンガ史に残る激動のシーズンとなった。大学生に負けたり、確かロスタイム被弾が3試合ほど連続で続いたりと、怒りというより理不尽さを感じていたように思う。特にホームのセレッソ戦の最終盤において、勝っているにも関わらずCKで攻撃参加に向かった秋田の後ろ姿に猛烈な不安を感じたことはよく覚えている。あれよあれよという間にカウンターを食らって失点した際の虚無感は計り知れないものがあった。

一方で、田原豊や渡邊大剛といった不器用な若いタレントたちが、壁にぶち当たりながらも徐々に成長していく様は胸を打つものがあった。最も思い出深いのは当然入れ替え戦。彼らが力を発揮し、中堅・ベテランが死力を尽くしたこの一戦は、激動のシーズンを締めくくるにふさわしいクライマックスであった。素直に感動した。

 

この頃から、自分でもサンガについての文章を書いてみたいという思いが強くなっていた。


 

■ブログ開設〜現在(2008年〜2019年)

 

そして2008年、柳沢やシジクレイ、佐藤勇人といった今までにない華やかな陣容と彼らの奮闘による序盤の快進撃を見て、このブログを立ち上げることになる。

以降、細々と続けながら、気づけば11年が経過した。その間のサンガの歴史は、2011年の天皇杯準優勝の栄光を除けば、基本的には暗く苦しい時期が多かった。状況は緩やかに悪化してきたと言っていい。

それに伴いブログの内容は、当初ピッチ上での話が中心だったのが、何度も同じ失敗を繰り返すクラブに対する、監督の選定や選手の補強といったチーム強化に関わる領域に話題が移り、今ではそうした経営判断が行われてしまうクラブ経営やスポンサードの在り方などの根本的な在り方が話題の中心となっている。

 

さあ、ここからがようやく本題である。このブログ開設以降の11年間を過去記事と共に振り返ろうと思う。

 

 

2010.08.04  京都サンガF.C.との闘いは続く

その独裁性と不可解な采配故に有能な人物までも時に対立しチームを去ることになってしまっていたのは、やむをえない部分はあるとはいえ残念だった。倉貫、斉藤は今チームが最も欲しているタイプのプレイヤーである。佐藤はいろいろと発言に思うところは多いものの、彼の移籍が今季の不振につながっている部分があるのは否定できない。パウリーニョの移籍もただただ悲しかったし、もう少しやりようがあったのではないかとは今でも思う。菅澤氏のユース黄金世代が大成する姿も見てみたかった。 
なんにせよ、そのやり方は時に我々の常識を超えており(CB重視とかコンバート地獄とか)不満を持つことも少なくはなかったが、彼がサンガという組織に巣くう弱者のメンタリティと戦い続けてくれていたのは確かであった。なぜなら今までこの難題の改革に本気で取り組んでくれた人間はいなかったからだ。

久々のJ1に胸躍らせた2008年、明らかにおかしくなり始めた2009年を経て、2010年はサンガが最後にJ1にいた年である。ジリ貧状態が続いていた加藤久政権の崩壊、そして秋田政権による座して死を待つ感覚、そして降格、久々にクラブとしての地力の無さを感じさせられた年であった。

この年の加藤氏解任時に書いたのが当記事で、主に加藤氏の功罪について述べている。独裁という歪な体制ながら、初めてクラブにまともな補強を持ち込んでくれた氏に対する複雑な思い、そして後に裏切られることになる秋田氏への淡い期待を述べている。

 

 

 

2010.12.12 馬鹿は死んでも治らない <2010サポーターズミーティング>

とはいえこのフロント陣である。おそらくまた3、4年スパンで、いや下手すれば彼らと契約の切れる二年後にも、信じられないような判断をきっと下すだろう。この会議で尚更その思いを強くした。

そもそもこのチームに希望など感じてはいけないのだ。その諦めの境地こそが今会議の最大の収穫である。近い将来、京都サンガF.C.はきっと歴史を繰り返す。

同年、シーズンの終わりに行われた所謂サポミの内容について暴露したのがこの記事である。

過去の記事の中でも最も多いアクセスがあったかもしれない。サッカー系の様々なサイトに貼られていたことを憶えている。

今改めて見ると、サンガ社長たちの”煮ても焼いても食えない”感覚というか、論理性の無さ、もっとはっきり言えば話の通じなさのようなものをこの頃から感じ始めていることが、文章の節々から伝わってくる。

 

”出典:京都産業大学HPより引用

※今井元社長。年を追うにつれてどんどん馬脚を現していった。

 

 

2012.12.30 J1定着に必要な1年だと信じて(2012 J2第39節〜第43節+昇格PO & 総括) 

エレベータークラブのサンガにとって、重要なのはJ1昇格ではなくJ1定着であることは言うまでもない。

また1年間J2で戦わなければならない、という事実は言うまでもなく重い。クラブの経営は傾くだろうし、ジリ貧の始まりとなってしまう可能性もある。どうやら一部人材も流出しそうだ。

それでも、長期的には意味のある1年になるかもしれない。

後々「あの1年があったから」と言える日がくるかもしれない。

明らかに不安定な今季より、来季1年を経ることでJ1で生き残っていけるための基盤をようやく確立できるかもしれない。

J2の舞台だからこそ新たな芽が台頭するかもしれない。

そんな願いと妄想を胸に、苦しかった今年1年を締め、来年を楽しみに待ちたいと思う。

2012年は、2011年の大木体制の着実な成長と天皇杯準優勝の成果を経て、とてつもなく大きな期待を背負ってスタートした。しかし他クラブの対策は想像以上に厳しく、大木氏を投影したような人間味のあるチームは苦戦に次ぐ苦戦を強いられた。そして、志も実力もあるのに勝ちきれない不条理をクラブに関わる誰もが嘆いた。

それでも、チームは懸命に昇格の一歩手前まで到達する。しかし最後の最後まで現実は冷たく、最終節のまさかの昇格失敗、その後のプレーオフでの大敗という悲劇的結末を迎えることになる。雨が降りしきる中、心の底から落胆した最終節甲府戦は、とても辛い思い出である。

本記事はそんな一年の総括として、明らかにショックから立ち直れていないものの、前を向くために懸命に自分の頭の中を整理した記録である。今思えば立ち直りに向けたリハビリの一貫であったとも言える。

 

 

 

2014.07.08 祖母井GMへの期待と裏切り(2014シーズン前半戦振り返り2/4)

恐らく日本で最も有名なGMである祖母井氏。今までチームを食い物にするような人物すらいたようなサンガフロントにおいては、名の知れたGMが来てくれるというのは正に待望であり悲願であった。が、この3年半、特にこの半年の仕事ぶりには、期待を大きく裏切られた感がある。

2013年にまたも一歩手前で昇格を逃し、ついに大木氏も去った。よって2014年は、大木氏の次だからこそ、大木氏が苦手としていた部分を補完できるような監督さえ来てくれれば、という期待も強くあったように思う。だが実際に来たのは宇宙人バドゥ氏であり、ここからサンガは終わりの見えない迷宮に迷い込むことになる。本記事はそのバドゥ氏を連れてきた祖母井氏への怒りを込めて書いたものである。未だに正気の沙汰とは思えない。

 

 

 

2014.08.02 全選手+α個別評 −FW・スタッフ・メディア編−(2014シーズン前半戦振り返り4/4)

彼にはいくつか悪い意味で伝説的な記事があるが、ここ最近ですらいくつか面白い(「らしい」)記事があったのでを引用したい。

い汎瓜期に書いたのが本記事。この頃はサンガに関わる生ぬるいメディア等の関係者に怒りを感じており、全方位型の批判を行っている。特に当時のJ's GOALで大暴れしていた伝説のライター武田賢宗氏に対して、思いの丈をぶちまけている。

 

”出典:Amazonより引用”

※武田氏も執筆に参加した本。自虐ネタなのだろうが、表紙から若干滑っている。

 

 

2016.01.24 去る人、来る人、残る人(去る人編)

MF駒井善成 →浦和(完全移籍) 
こちらは逆に納得の移籍。移籍金を残したとなれば尚更である。この4年間は十分に活躍してくれたし、サンガでこれ以上成長する余地があまり見えない。引き留める材料もない。
若干気になるのは、駒井はフィニッシュ以外はJ1でも高いレベルにあるとあると思うが、浦和の課題は決定力にある。他人事ながら、浦和の補強ポイントはそこなのかという感は否めない。一番最悪な未来は、チャンスを作り出しながら勝ちきれない浦和と量産型ドリブラーで終わる駒井という状態に陥ること。
なんとか殻を破って、いつか代表に入るような選手になってもらいたい。

最悪だと思っていた2014年の後に監督に就いたのは和田氏。社長の一声で連れてきた人物であるが、前年を上回る深刻な低迷を見せ、見事に”最悪”を更新する。一時の気の迷いとも思えたバドゥ時代を経て、この年の混乱ぶりにはさすがにクラブを見放す選手たちが多く、シーズンオフにはこれまでサンガを支えた主力たちが一気にクラブを後にした。本記事はその選手たちに対する複雑な思いを吐露したもの。

心情は理解できる一方、トップが腐った”育成型クラブ”に、果たして先はあるのかと思わされた暗いシーズンオフであった。

 

 

 

2017.02.28 2017年J2第1節 VSモンテディオ山形 1−2

そして最後のカードを投入して見せた勝利への執念。一発回答で応えたケヴィンオリス。ゴール後の燃えるような雄叫びが、暗闇に小さな灯をともした。

大型補強と石丸氏の手腕によりプレーオフ圏内まで戻れた2016年。にもかかわらず、2017年においてクラブは石丸氏を更迭し、監督経験がない布部氏を起用するという不可解な判断を行った。迎えた開幕戦の感想を述べたのが当記事である。

内容は散々なものであったが、一方で新外国人のケヴィン・オリスが見せた、闘志をむき出しにしたプレーや姿勢は胸を打つものがあった。本記事は非常に短文ではあるが、そんなオリスの魂をうまく表せたような気がしている。ここから2年、サンガは思い出したくもないような漆黒の暗黒期を突き進んでいくことになるが、当時のオリスが灯してくれた”光”を忘れることはないだろう。

 

 

 

2018.01.04 2018年京都サンガに関する10の予想

さて、2018年現在、京都サンガはやはり何も変わっていない。

そもそも上記の予想自体が過去に自クラブで見た話ばかりである。過去から学ばないことこそが京都サンガらしさなのだ。負の歴史を繰り返し続けた結果が今であり、そしてそれはこれからもきっと続いていく。

そんな中、結局京都サンガサポーターとしてできることは、「日本一サッカークラブ経営が苦手な親会社によって経営されているクラブ」という悲運を受け入れ、試合の勝敗やプレー、選手の加入や退団といったその時々の事象を生暖かく見守ることしかない。もちろんそこには応援するだけの価値、すなわち「サンガバリュー」などというものは存在しない。サポーターの心はいつ離れてもおかしくないし、今季更に離れていくことになるだろう。

2018年、”布部続投”という全身が脱力してしまうような判断を受けて、最大限の皮肉を込めて書いたのが本記事。これまでのサンガを見てきた人なら当たり前とも思える予想ではあるが、残念ながら後に、そんな予想の大半が我ながら見事に当たってしまうことになる。

この結果は、京都サンガというクラブが、素人でも想定できるような展開さえ読めていないということ、さらに言えばまともな分析・企画・意思決定機能を持ち合わせていないことを露呈したと言っても過言ではないと思っている。結局、体質は自分が見始めた95年から本質的に変わっていないということなのだろう。

 

 

 

2019.04.10 京セラ悪の経営術―急成長企業に知られざる秘密 / 滝本 忠夫

何より感じたことは、京セラから定期的にミスマッチ人材が社長に送り込まれてくる既存のシステムは、誰も幸せにしないんだなと。そしてそれは、単純にローパフォーマーが排出されていると感じていた以前に比べてもより絶望感が深くなったということでもある。

年々クラブとしての”最低”を更新していく中で、サンガというクラブが何故ここまで駄目なのかを、京セラと社長という観点から分析したのが本記事。如何に、特殊な企業から来た特殊な人材が特殊な環境でサンガの経営にあたっているかがよくわかってもらえると思う。

 

”出典:Amazonより引用”

 

 

2019.05.06 2019年J2第12節 VS 横浜FC −ネットワーク型組織の規律と解放−

開幕前は中田監督のTwitter投稿内容を見てかなり懐疑的であった自分も、この試合を見せられた今、その認識は改めなければならないと感じている。よくこの短期間でここまでの状態に持ってきたなと。

最後はポジティブな記事を。

唯紫論にあこがれて始めておきながら、しばらく戦評らしい戦評を書いていないこともあって本記事を書いた。

今年は、大木元監督以来の魅力的なサッカーができている。もちろん、サンガというクラブの体質は変わっていないし、ある意味中田監督の成功はクラブの改革の妨げになる可能性すらあるわけで、なんとなく手放しでは喜べない部分もある。

とはいえ、だからこそ問われるのは我々サポーターのスタンスである。良いものは良い、悪いものは悪いとクラブに伝えることがやはり重要なのかなと。

もちろんこのクラブの経営陣がどうしようもない状態にあるのは否定しない。だが、現状の体制が当面続く以上、我々としては成績が良かろうがクラブのおかしな点を指摘するべきだし、その逆も然り、それを続けていくほかない。クラブに対して、サポーターが何を不満に思い、何に満足するかを、具体的に、論理的に、明確に伝えていくことを諦めず、声を発することを続けていきたいと思う。

 

 

 

■最後に

さて、このブログを開設して以降、閲覧層もかなり変わってきていると思うが、未だに日々一定のアクセスが存在する。

共感のコメントを頂くこともあった。実際にこの記事を書きながら、過去に頂いたコメントを改めて拝見してなんだかとても温かい気持ちになることができた。

 

こんなどこぞの誰かが放言を吐き散らかしている、しかも不定期更新のブログを見に来てくれる方がいることに改めて感謝である。

そして今後も、この愛すべき、どうしようもないクラブに対して、言いたい放題思いの丈を伝えていきたいと思う。

令和の時代こそサンガが本当に変われることを願って、この記事の締めとしたい。

今後とも当ブログをよろしくお願いします。

 

以上

 

| 京都サンガF.C関連 | 22:30 | comments(2) |
組織設計概論ー戦略的組織制度の理論と実際 / 波頭亮

■概要(Amazonより引用)

フラット型組織、カンパニー制のあり方からERP、EVAの活用法まで、企業の戦略的アクションを実現するための、組織制度の設計・導入の勘所を明快に解説。

 

■所感

前記事で引用したので紹介したい。

本書は言わずと知れた組織設計の名著であるが、改めて読むと〕論の見通しの良さ、現在話題のTeal組織に通じるような先見性を感じることができる。特に本書がオススメできる点は、単純な組織の形と機能に関する理論を語るだけでなく、組織を構成する個人のスキル・やリーダーシップ、心理面からの考察や方法論までをセットにして、実践的な解説をしていくれていることにある。よって、この本だけで組織は作れないが、この本の知識なしで組織設計を語ることは難しいだろう。

「組織とは」から解説してくれているだけに、初めて組織設計/再編などに関わる人にとって、組織という大きすぎるテーマを読み解く第一歩にきっとなるはず。

 

■メモ

  • 組織とは、「複数の組織構成員の有機的協働によって、より効率的に共通の組織目標を達成することを通じて、各組織構成員の得る個別効用を極大化させるための集団」
  • 組織変革の目的は、「組織構成員の行動を変革すること」。変革後の行動について具体的なイメージが必要
  • 上記の組織の定義は、最終目標を個人の個別効用の極大化に置いている。組織を構成する「人間」の本質をじっくり見据えてみると、組織への帰属とその組織内での活動の主体はあくまでも自律性とエゴを持つ個人である。組織で働くことにより、獲得したいのはまず個人の効用と捉えた方が、集団主義的、全体主義的組織論が限界を迎えつつある今日では、より妥当と考えられる。企業の成功の延長線上に個人の充足があるからこそ、人間はその企業に帰属するのである。
  • 組織を規定するとは、組織成員の活動のパターンと範囲を限定、固定化すること。柔軟な組織を求めるということは、これまでの固定的な組織で得られていた効率的な業務遂行という大きなメリットを失ってしまうことに留意する必要がある。どのくらい柔軟な組織にするのか、裏を返せばどのくらい固定化するのかを規定するのが、すなわち組織を設計するということである。
  • 戦略とは、競合優位性を活用して、定められた目的を達成しうる整合的な施策群の集まり。(必要・十分要件はP21に記載)
  • 組織の風土とは、その組織の行動様式に大きな影響を与えるものだが、直接的にデザインできるものではない。3S(Structure、System、Staffing)の設計を通じて望ましい風土の実現を図っていくもの
  • 組織設計の3つの合理性。\鑪合理性、∩反ノ冤合理性、6般各胆合理性(P37)
  • 組織の変革の導入に伴う一時的な組織能力や業務効率のダウンをある程度需要しない限り、新組織としての本来の狙いを実現するには至らない。注意しなければならないのは、こうした発想を持たず組織の運営効率にばかり目を向けてしまい、従来のやり方の方がスムーズで効率的という判断がなされてしまうこと。組織改革はあくまで実現すべき行動様式の達成度を判断基準として評価しなければならない。やりにくい、やりやすいという声に押し流されないことが重要
  • PJチームのミッションと権限を明確に規定し、企業全体に示しておくことが重要
  • 組織の課題抽出にあたっては、「組織機能」と「運営機能」の2つの観点からチェックする必要がある。組織機能とは、企画→意思決定→調整→実行→評価の5機能。運営機能とは、責任・資源・報酬・権限の4要件
  • 組織風土の6つの切り口 −〇業の展開スタイル、∋餮伺枴バランス、6叛喇床繊人事評価の特徴、こ杏瑤らの企業イメージ、ゼ勸間の意識、Π媚弖萃螢僖拭璽
  • 組織の基本理念の設定は、組織課題の積み上げで行われれるものでなく、漂っている雲の中心に手を突っ込んで、エッセンスをすくい取ってくるような微妙なニュアンス
  • 意思決定権と区別される実行権の主たるものは、業務範囲に関連するものが多い。例えば情報収集の権限や外注範囲の権限など
  • 組織を改編するときにありがちなのが人数だけを決めてしまうパターン。本当は組織ユニットのミッションごとに人数と人材要件が適切かを慎重に検討する必要がある
  • 人材のデザインにおいては、ピークではなくボトムに近いレベルで必要な人員をそろえることが重要
  • 現在求められる組織の要件、^媚弖萃蠅離好圈璽疋▲奪廖↓▲侫譽シビリティの向上、スペシャリティの強化・創出
  • ネットワーク型組織の課題、/祐屬稜塾呂里个蕕弔、⊃祐屬梁仆茱好僖鵑慮続Α↓コーディネートコスト
  • ネットワーク型組織の前提、30名以下の規模、▲瓮鵐弌爾ある共通のバックグラウンドを有していること、メンバー選定において能力レベルの統一が可能
  • 現在起こっている組織制度上の大変化を推進しているモメンタムはITという非ヒト的なものである。筆者が抱いた問題意識はこの流れの反作用にある。つまり非ヒト的なシステムが整えば整うほど、組織の能力は人的なものにとって決定付けられ格差が形成されるようになるであろうという命題である

 

以上

| ビジネス書(組織・人事) | 19:49 | comments(0) |
2019年J2第12節 VS 横浜FC −ネットワーク型組織の規律と解放−

横浜FC 1−3 京都サンガF.C.

 

もう2年くらいサンガの戦評を書いておらず、気づけば完全な書籍紹介ブログになっちゃっているわけだが、今日は良い試合を現地で観られたので書き残しておきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■システムのミスマッチを徹底的に突いた前半

中位同士の一戦となったこの試合。開始10分程度こそ五分五分の様相を呈していたが、先制点の前あたりからサンガがサイドで数的優位を作る場面が増える。理由は結構単純で、_IFCの中盤の並びと▲譽▲鵐疋蹇Ε疋潺鵐殴垢離櫂献轡腑縫鵐阿砲△襦

 

,砲弔い討世、横浜FCの前半のシステムは4-3-1-2。攻撃時も守備時もほとんど変わらない。基本的に守備時は”1”のレアンドロ・ドミンゲスが庄司をマークし、サイドハーフ(以下SH)の松浦と渡邊で対するサンガのセンターハーフ(以下CH)の2人(福岡と重廣)を見ることになっていた。ここで問題になるのは上がってくるサンガのSB(石櫃or黒木)を誰が見るのかということ。横浜のSBは相手のSH(仙頭or小屋松)を見なければならず、アンカーの佐藤は持ち場の中央から動きにくい。よって、何が起こるかというと横浜の両サイドのSBとSHの2人でサンガのSHとCH、SBの3人を見なければならない状況が発生する。

 

下記図の先制点のシーンではまさしくその状況が発生しており、1人余ったサンガ石櫃にボールが渡った瞬間に慌てて松浦が詰めに行き、その空いたスペースをCHの佐藤が埋めようとしている。しかし全く間に合っておらず、余裕を持った石櫃から職人芸としか言いようのない糸を引くようなクロスが上がりサンガの先制につながった。

これが石櫃でなければ遅れての対応で問題なかっただろう。だが、逆サイドの小屋松も同様、チャンスを演出する力量のあるサイドプレイヤーが現在のサンガにはおり、横浜はその力量を少し見誤ったのかもしれない。
 

 

続いて△離譽▲鵐疋蹇Ε疋潺鵐殴垢離櫂献轡腑鵑砲弔い討世、基本的に守備での運動量が他選手に比べ免除されている感があった。その結果何が起こるかというと、例えば上のシーンで石櫃がクロスを選ばず、中の庄司に戻した場合、易々と逆サイドの数的優位な味方に展開できることになる。このシーンでは横浜FWイバがなんとか庄司の前まで戻っているが、基本ここのマークは空いていた。サンガとしてはより数的優位が作りやすい方を毎回選択し、難しければ庄司を経由して逆サイドに変える、ということを非常にやりやすい状況があった。

 

また、こうした状況を利用するサンガ重廣・福岡のポジショニングの巧みさも唸らせられるものがあった。頻繁にSHとポジションを入れ替えたり、相手SBの裏に潜り込むことで中央にスペースを作ったりと、常にピッチを俯瞰して見ているようなオフザボールの動き出しが見られた。今年のサンガは試合ごとにメンバーが頻繁に入れ替わるが、ここの2人、特に重廣はしばらく替えが利かなそうに思える。

 

 

■横浜FCのスクランブルサッカー

さて、ここまで振り返って浮かぶ疑問は、横浜FCは何故このようなミスマッチが起こりうるシステムで臨んだかということである。その理由は恐らく2つあり、1つは上記の通り両サイドバックからのクロスを甘く見ていたことだが、最も重要な理由は攻撃面の狙いとして、徹底した大型2トップ狙いのフィードを意図していたことにある。

サンガの2CBは本職ではなく身長も低い安藤と本多であり、SBにも攻撃力を買われた石櫃と黒木が配置されている。言うなれば単純に放り込みを行うだけでもかなりチャンスが作りやすいわけで、トップ2枚が競ってゴール前で強引にスクランブル状態を起こすことができる。つまり、単純な放り込みからフリーマンのレアンドロ・ドミンゲス含めた前線3枚で攻撃の完結を狙った可能性が非常に高い。だからこそ、3人を除いたフィールド7人での守備を想定し、SBやSHにも袴田や渡邊といった守備重視の起用を行ったのかもしれない(ただ、右SB先発の中山は割とドリブルに特徴がある選手にも見え、このあたりの真意ははっきりと言えないところもある)。

 

この狙いは実際当たっている。同点ゴールのシーンは典型的であり、それ以外にも前線でこぼれ球を拾ったレアンドロ・ドミンゲスがきわどいシュートを放ったシーンもあった。単純で面白みのない攻めだが、サンガにとっては十分に脅威になっており、効果的であったと言える。

ゆえにサイドを捨てたことによる失点と一方でレアンドロ・ドミンゲスを自由にしたからこそのゴールが生まれた前半は、客観的に見れば横浜FCにとって想定内であったと言える。サンガとしてはなんとか耐えていただけに、時間を考えずにつなぎにいった黒木のロングボールへの対処は悔やまれる。

 

 

■自らを見失った横浜FCの後半

上記で想定内と述べた前半だが、当事者の横浜FCからしてみれば、京都にサイドを蹂躙された印象は強烈だったのだろう。4-3-1-2をやめて4-4-1-1へと変更する。まさしく修正してきたわけだが、これが完全に悪手となる。

 

まず攻撃面においては、ターゲットがFWイバ1枚になったにも関わらず前述のスクランブルサッカーを続けたため、単純にサンガセンターバック(以下CB)が競り合いに勝つことが増えた。その結果、サンガがセカンドボールを拾い続けることになった。

 

守備面においては、サンガの前線3人に対してDF4人、サンガの中盤3人+SB1人の計4人に対してMF4人と、数の上で同数を作ることに成功した。しかし特にサンガの左サイドにおいて、それまでのゾーンの守り方からマンツーマン的になり、マーカーが明確になった分、横浜の右サイドがサンガのSH小屋松との一対一を強いられる場面が増えた。

この試合に限らず今年の小屋松は対面のDFを何度もぶっちぎっているわけで、ここは正直ほとんど相手にならず、無数のチャンスを作り出すことに成功した。

 

終盤になると、サンガはレナン・モッタの起用によりボールロストが増え、また横浜FCが前に人数をかけてきたこともあって、守勢に回る時間が増えた。しかしそれは、スコア3−1の状況ゆえにサンガがそうしただけであり、レナン・モッタの試用も含めてゲームをクローズさせただけである。決して横浜FCが良くなったわけでもなく、90分トータルで言えばサンガの完勝と言っていい試合であった。

 

横浜FCとしては、組み立てのセンス・技術に乏しい選手たちが多い現状の中で、自分たちの唯一にして最大の武器であるパワー重視の押し込みを続けられなかったことが敗因の全てと言える。サンガはそもそも決定力に大きな課題がある一方、不意の1点を食らうことが多いチームなわけで、結果論としては布陣は変えずマークの整理にとどめるべきだった。

 

 

■なぜか憂鬱な横浜FC

ところで、横浜FCに関して上記以上に気になったのは、横浜FC選手たちの淡白なプレーである。

まず気になるのは、得点を獲っても獲られても静かな様子であること。特に同点ゴールのシーンではもう少し盛り上がってもよいように感じた。

プレー中においては、サンガの2点目時のFKに至るヨンアピンの少し集中の切れたような不必要なファールや、3点目時のヨンアピン・田代のあまりにも淡白な足先だけの対応などははっきり言って問題外である。失点シーン以外にも、基本的にサンガのパス&ゴーで簡単に追うのをあきらめている場面も散見された。

そもそもレアンドロ・ドミンゲスあたりは試合開始当初からイライラしている感じがあり、何となく試合に集中できていない様子が見受けられた。これまでの戦績や戦術への不信感などがあるかもしれないが、何かモチベーションが上がらない状況が最初からあったのかもしれない。理由は知らないが、なんというか布部時代のサンガのようだなと。大丈夫か?

 

 

■「ネットワーク型組織」への挑戦

と、何故か横浜FC目線でここまで書いてしまったが、サンガは非常に良かったと思う。

 

少し話は逸れるが、企業の組織・人事の領域において、近年注目されている組織形態として「ネットワーク型組織」というものがある(概念自体は20年以上前から存在する)。その定義は「成員の自律的判断によって局所最適化を図りながら、同時に全社的な調和と最適化をも達成しようとする柔軟な組織」(波頭亮『組織設計概論 戦略的組織制度の理論と実際』より引用)である。当然ながら多くの企業で用いられているピラミッド型の組織とは一線を画すような組織形態であり、ある種夢のような組織とも言える。

 

逆にサッカーではこのような個々の選手が自律的に意思決定しながら連携していくスタイルは現実的な理想形となる。この試合においてサンガは、まさにそうした生き物のような組織を実現できていたように思う。開幕当初は5レーンのポジショニングや三角形のボール回し、徹底した安全重視のボール保持やショートコーナーといった「規律」を守ることに執着していたのが、この試合では石櫃や大野のようなある種”異物”の存在をチームに取り込み、その中で各自がクロスや仕掛け、逆サイドまでのサポートといった”規律”から自らを解放するような判断を行っていた。

 

なぜこの「ネットワーク型組織」がうまく機能し始めたのか。

このタイプの組織が機能するための5つのポイントがあると言われている。それが以下の5つである。(同じく上記書籍より引用・一部改変)

 

  1. 多様な構成員 −水平的な役割分担が可能になるための多様な機能を担う人材の集合体であること
  2. 組織求心力を確保する仕組み −1人ひとりが組織に対して自律的に持つ「帰属意識と役割意識に基づいた求心力」を担保できる仕組み
  3. 普遍的なプロトコル(共通の規約) −コミュニケーションの共通規約があること
  4. 情報のオープン化 −自らが置かれた状態を客観的に判断するための情報が、組織構成員全体にシェアされうる仕組み
  5. 組織構成員がある一定のレベルで統一されていること −各メンバーのレベルを統一すること

 

意識的にか無意識的にか、この試合のサンガは上記の5要件を満たしていたように思う。

1の「多様な構成員」についてはポリバレントで且つ異質な選手も含めた多様性が確保されていたし、2の「組織求心力を確保する仕組み」については、あの闘莉王も含めた全員が、チームとしての規律を果たそうと献身的な姿勢を続けていた。どのような仕組みがあるのかは定かではないが、目指す方向性が明確に提示されていること等によって、求心力が確保されているのは確かだ。

3の「普遍的プロトコル(共通の規約)」については、チームの規律自体の存在だろう。特にサイドのSB・SH・CHの関係性については、明らかにパスコースとパス&ゴーに関する明確なルールがあるように見えた。

4の「情報のオープン化」は、この試合においては選手交代やシステム変更のメッセージがわかりやすい例にあたるだろう。特に選手交代による守勢/攻勢に入るメッセージングがかなり明確であるように思う。

そして5の「組織構成員がある一定のレベルで統一されていること」、これが恐らく最も重要で、大型外国人でなく、ルーキーや若手を中心とした運動量の多さをベースにした構成だからこそ、能力や意識のバラつきを生まない状態が実現できているように見えた(しかも本来ルーキーの多用は計算できない側面もあるだけにリスクも高いにも関わらずである)。

 

もちろんこれらのポイントは企業における話であって、そもそもサッカーの組織を対象にした話ではない。だが、組織としてゴールを目指すためのチーム作りの本質は企業もサッカーチームも大きくは変わらない。要は、「自由」だとか「パスサッカー」といった掛け声だけでなく、理想的な組織に向けた仕掛けをきちんと行っているという事実が重要なのだ。

 

 

■見事な手腕

開幕前は中田監督のTwitter投稿内容を見てかなり懐疑的であった自分も、この試合を見せられた今、その認識は改めなければならないと感じている。よくこの短期間でここまでの状態に持ってきたなと。

そもそも上記の「ネットワーク型組織」というのは、そうなりたくてもなれないものである。なぜなら、そこに至るまでに困難なハードルが3つ存在するからだ(以下)。

 

  1. 人間の能力のばらつき
  2. 人間の対処スパンの限界(複雑な状況の中で常に局所最適と全体最適のための解となる判断を下すこと)、
  3. コーディネートコスト(個々の意思を集団としてコーディネートする仕掛け・存在)

 

これらの問題に対する中田監督の対処は、頻繁な選手の入れ替え・抜擢、コンバートによるポリバレント性の確保、明確な”規律”の提示である。要は、頻繁に選手を入れ替えながら、しかしバランスとモチベーションを崩さない起用タイミングを見極め、育成と内容、結果のそれぞれの向上をうまく並立させられている。結果として、チーム全体の戦術理解の底上げとモチベーション維持が非常にうまくいっている。

特に今節では、大野・石櫃という異物を起用しながら、チームの良さをそれほど損なわせず、しかも各自が個性を発揮できていた。つまり、チーム全体で規律の浸透と解放の場面を整理でき始めているということであり、徐々に理想形に近づいていることを実感できた。

 

恐らくそこには脇を固める異例ともいえるような質・量のコーチ陣の顔ぶれも関係しているのだろう。また、明らかにスタメン・サブを盛り立てているようにみえる新加入のGK加藤の存在なども地味に大きいかもしれない。
そうしたピッチに入る以前の組織全体の体制作りをはじめ、中田監督のマネジメントは現在のところ成功しているように思える。この点については素直に感心する。

 

もちろんまだまだ成長過程のチームであるし、リスクも伴うチーム作り・スタイルだけに、恐らく今期のどこかで大きな停滞期が待っているだろう。だが、大木監督時代によくわかった通り、戻るべきスタイルがあるチームはそれだけで魅力的であり、応援したくなるのだ。

そんなわけで期待も膨らむが、まだ発足後約4か月のチームだけにあまり高望みはしないようにしたい。今節のような組織と個人の意思を表現できるような試合を見せてくれれば今は十分である。本当に良いトライをしていると思うので、困難があってもめげずに続けてくれることを願う。

 

以上

| 横浜FC | 00:20 | comments(3) |
THE TEAM 5つの法則 / 麻野 耕司
評価:
麻野 耕司
幻冬舎
¥ 1,620
(2019-04-03)
コメント:THE TEAM 5つの法則 / 麻野 耕司

■概要(Amazonより引用)

●偉大なチームに必要なのは「リーダー」ではなく『法則』だ

「個」の重要性が叫ばれている今。そこからさらなる成長・脱却を遂げるためには、個と個をつなぐ「チームワーク」が重要だ。 

しかし、私たちは正しいチームづくりを教わったことがあっただろうか――。 

本書は経営コンサルタントとして数多くの組織変革に関わってきた著者が、Aim(目標設定)、Boarding(人員選定)、Communication(意思疎通)、Decision(意思決定)、Engagement(共感創造)という 5つの法則をもとに、成功するチームとはなにかを科学的に解明した、チームづくりの決定版だ! 

「『THE TEAM』というタイトルには、チームの法則の決定版を届けたいという思いと共に、読んでいただいたすべての読者の方が「あなたのチーム」をつくれますようにという願いを込めました。 今こそ「チームの法則」によって、ドラマや映画の中では当たり前のように起こる「チームの軌跡」を自らのチームで起こせるようになることを祈っています。 」
(本文「はじめに」より) 

●各界から絶賛の声

「この本を読めば、私たちがいかにチームを知らないかがわかる。 
『チームの法則』を知れば、それだけで突き抜けた場所に行ける」 
(山田進太郎 : メルカリ会長兼CEO)

「自分のチームづくりがいかに整理されていなかったか、情けなくなった。 
もっと早くこの本に出会えていたら」
(岡田武史 : 元サッカー日本代表監督・FC今治オーナー) 

「この本は、チームに関する知の結晶だ。 
この一冊に何冊もの学術書の知見が詰まっている」
(中原淳 : 立教大学経営学部教授) 
 

 

■所感(本書について)

>「自分のチームづくりがいかに整理されていなかったか、情けなくなった。 
>もっと早くこの本に出会えていたら」
>(岡田武史 : 元サッカー日本代表監督・FC今治オーナー) 

 

岡田、ほんとに読んだか?笑

最近だと『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』にもコメントを寄せているが、らしくなく大袈裟なコメントで本人が書いたのか非常に怪しい。

 

まあそれはともかく、NewsPicks Booksの書籍を読むのは『モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書』以来2冊目。二冊とも割と似たような内容の印象を持った。『モチベーション革命』は個人の能力開発、本書は組織の能力開発というテーマの違いはあれど、大学生や新入社員あたりの若者に向けて「会社と個人の関係を変えていく必要がある」と訴える意図は同じように思える。全体的に自己啓発的である。

さらに言えば、やたらと文字が大きく読み進めやすい点や、近年の出版にもかかわらずAmazonでの評価者数が前者333・後者63と妙に多いのも似通っている。

 

さて、所感だが、『モチベーション革命』同様に良くも悪くも”軽い”本である。簡素な内容ゆえに手軽に簡潔に読める。

”チーム”の法則を5つの観点から捉える試みだが、その整理自体はわかりやすく、個々のフレームワークも理解しやすい。この分野を初めて読む人にとっては、理解のとっかかりにはなるだろう。

 

一方で、”チームを科学する”というキャッチコピーの割には、挙げられるフレームワーク自体の科学的根拠に説得力を感じない。巻末に産業心理学等の学術理論の簡潔な紹介がついており、本書の理論はそれらをベースにしたということらしいが、それらの理論からフレームワークが生まれる過程や関係性に関する記述は乏しい。このあたり、”科学”を自称するには、説明が不足していると思う。

 

とはいえ、著者は組織人事コンサルタントである。アカデミズムを突き詰めるのは学者の仕事であり、ある程度主観と経験に基づいた理論になることはやむを得ないともいえる。むしろ、理論の客観性はどうあれ、泥臭く地道な現場対応の中で得られるであろう実践の水平展開にこそ、コンサルタントが本を出す価値はある。なぜなら数か月単位の短期間で実際の企業に対しトライ&エラーを様々な業界で行っている強みがあるからだ。

 

ところがである、この本には著者が普段現場で行っているはずのコンサルティングの実例がほぼ載っていない。逆に根拠事例として載っているのはサッカー日本代表やバレーボール代表、AKB、何より最も紙面を割く事例は自社(リンクアンドモチベーション社)である。さすがにあまりにも特殊すぎる。これでは結局読者における取り組みの参考にはならない。

自社の事例についても、コンサルファームというのは”成長”と”付加価値提供”の価値基準が構成員に徹底的に浸透している稀有な組織なわけで、ハナからモチベーションが高く、組織開発の容易さは事業会社のそれとは比べ物にならない。

上記を補うためにアカデミズムに寄せようとした結果が、恐らく上記の”チームを科学する”というコピーであったり、オマケ程度でついている巻末のサマリーなのだろう。だが、学術を持ち出すに割には自論との関係性は明確になっておらず、学術を利用した権威付けに留まっていると言わざるを得ない。

 

そもそもなぜコンサルにもかかわらず現場事例が一つも出てこないのか。

完全な推測だが、本当の意味で組織変革(いわゆるチェンジマネジメント)の成果を出せたことがないのではないかと思う。これはリンク&モチベーション社に留まらない、組織・人事コンサルティングファームに共通する問題だが、組織・人事単独で組織を変えるのは非常に困難なのだ。なぜなら、組織変革とは常に事業そして経営のビジョン・ミッション・バリュー・戦略・計画・オペレーションと密接に結びつくからである。少なくとも事業戦略領域へのテコ入れ抜きで本質的な組織変革を行うことは不可能に近い。

一方で、基本的に組織・人事コンサルは当該領域へはタッチできない。タッチできるのは頑張っても組織設計であり、基本は人事制度・要員計画・人材マネジメントといった領域までである。ゆえに最終的な改善施策が限定的なものになることに加え、結果としてのKPI・KGIも非常に置きにくく、定性的な成果(の可能性)を抽象的に置くことで終わるケースも多い。驚くことに成果の振り返りをしない、あるいはさせてもらいないことすら普通にある。よって、組織開発の領域において成果の確認やその因果関係を明確にできていないことは非常に多いのだ(無論、だから成果を明確にする必要はない、ということではない)。

 

理由はもう一つ存在するかもしれない。以前紹介した『職場の問題地図 ~「で、どこから変える?」残業だらけ・休めない働き方』のように、原因の網羅的な抽出はできても、具体的な施策の検討に入るほど尻すぼみになっていき、提案の質が一般論化しつまらないものになっているのではないか。まさしく残念な”コンサルあるある”だが、これもありがちである。意地悪な言い方をすれば、組織開発において、本に書けるほどのオリジナルな施策とその成果を出せていないのではないかと。

 

 

■所感(NewsPicksについて)

ところで、ここまで厳しいことを書いてきたが、一方で本書も含めこの出版元の本には多くの読者がいて、そして高評価が多くついているのも事実である(上記2冊はAmazonでは星4つ以上の評価である)。事実、自分の知人にもNewsPicksのサイト・書籍に対する熱狂的なファンがいる。彼らと自分の感想の違いはどこに起因しているのだろうか。

恐らくこの評価の違いの前提になっているのは、”NewsPicksなるもの”に対する抵抗感の違いがあるのかもしれない。自分は同メディアにしても、本書にしても、その一部からじわりと感じる自己顕示欲やそれをベースにした極端な前向きさ(いわゆるエモさとも言うかもしれない)が正直苦手である。情熱を炎で例えるなら、自分にとってそれは心の内側で青く燃やしておくものであって、他人に見せつけるように外側で赤く燃やしているのは端から見れば火事であり、あまり近づきたくない。

 

そもそもNewsPicksは自己顕示欲の高さがドライバーとなって盛り上がっているサイトだと自分は思っている。そこから生まれる書籍は当然ながら話題性重視で最先端な印象を受けるタイトル・売り文句を使い、熱しやすく冷めやすいソーシャルネットワークを活用したPRが行われることになる。また、WEB上で少ないエッセンスを惜しみなく出してから出版する手法も特徴と言えるだろう。

これらの手法の良いところは出版元・著者・読者のいずれもが経済的にも工数的にもローコストで済むということにある。”メディアの革命”というミッションに向けて先進性をどんどん打ち出していきたいNewsPicks、ライトな検討量・文章量で発行を重ねることでメディア露出を増やしたい著者、自分が”特別”で””最先端”なビジネスの知見を得ているという”実感”をライトに得たいいわゆる”意識高い系”、彼らにとってまさにWin-Win-Winの手法であり、そのビジネスは見事というほかない。

 

しかしその一時的な合理性を突き詰めた、敷居を下げることに注力したビジネスにおいて、この先に有意義なコンテンツは生まれていくのだろうか。音楽業界やテレビ業界に起こるコンテンツの画一化ではないが、現在は高評価をつけている読者も、だんだんとそのセンセーショナルなPRの裏側にある本質的な浅さに気付き始め、はっきり言えばこの”流行”に飽きてしまう可能性もあるのではないか。

もちろんNewsPicks Booksはこの2冊だけではないし、例えば学術畑の落合陽一氏の著書などはさすがに一味違うものがあるのかもしれない。しかしどうも当該サイト・出版元の話題性に対して、心理的な遠い距離を感じてしまう次第である。

 

 

■メモ

  • 目標には行動目標、成果目標、意義目標が存在する
  • 組織は環境の変化の度合い×人材の連携度合いでの分類が可能
  • モチベーショングラフで他者の理解が進む
  • エンゲージメントのドライバー Philosophy Profession People Plivilege
  • 当時者意識を上げる要素 /与堯´∪嫻ぁ´参画感
  • 自社ではリピート率を評価指標として採用。またモチベ―ションリエンジニアリング(4半期に1回リエンジニアリングセッション)を実施し、メンバーのPhilosophyを上げている

 

以上

| ビジネス書(組織・人事) | 11:18 | comments(0) |
高校サッカーボーイズ U-16 / はらだみずき

■概要(Amazonより引用)

2011年、高校生になった武井遼介は、関東の強豪サッカー部に入部する。東日本大震災から1ヶ月、ふつうにサッカーができる現状に葛藤を抱きながら、遼介は新入部員約50名でスタートした部活に励む。しかし、全国大会を視野に入れたレベルの高い部内では、1年生チームの中ですらポジションを確保できずにいた。やがて1年生は2チームに分裂し、紅白戦が開催されることに。勝敗によって両チームの選手を入れ替えるサッカー版“大富豪”という特殊ルールで、遼介はチーム内での立場を思い知らされ、夏の1年生大会、ルーキーズ杯へと向かう―。無名の高校生16歳、リアル青春サッカー小説。

 

■所感

このシリーズは第1作からずっと読み続けているのだが、とてもリアルな少年・学生サッカーを描いており本当に面白い。フィールド上だけでなく、学校生活や私生活で起こるいざこざやちょっとしたすれ違いによる不器用な会話のやりとりやその心理描写が生々しくていちいち心に刺さる。

例えば以下のシーンなどまさに”あるある”で、かなり湿気の高かった感がある自分の高校サッカー部の光景が苦々しく蘇ってくる。

 

”「なあ、腹減ったから、どっか寄ってかね?」

米谷の気怠そうな誘いに、宮澤や健二ら何人かが相槌を打った。春休みから練習に参加していたグループだ。

「俺もいいかな」

巧の声色が遠慮がちになった。”

 

今回から高校編だが、高校の部活といえばそれまでに比べ初対面のメンバーばかりが集まることになる。その結果まず最初に起きるのは、同世代内でのヒエラルキーの形成である。高校サッカー部の一人ひとりは自分のクラスや地元の中学に戻れば誰もがヒエラルキーのトップにいる奴らばっかりの中で、部活とその他における自身の二面性に多くの者が戸惑い、受け入れられず傷つき、一方で運よくヒエラルキーのトップに座った者も何か月後かには裸の王様になっていたりする。

後から振り返ればつまらんことで悩んでいたと思えても、当時の部員にとってはその組織でどのポジションにいられるかが、特に1年生の頃は全てである。それは必ずしもサッカーの実力だけで決まるものではない。中学時代の名声、知り合いの多さ、先輩からの可愛がられ方、ワルさなど、多くのノイズが存在する。この揺らぎの中で選手たちは自己を確立していくのである。

 

サッカー漫画にしろ小説にしろ、主役はじめ登場人物の大半は全国区もしくはワールドクラスになっていくというケースが非常に多い。そんな中本書は、決してサッカーエリートではない、"無もなき"選手たちを取り上げるからこその、思春期のリアリティを感じられる貴重なサッカー小説であると思う。

 

以上

| 小説・エッセイ | 20:05 | comments(0) |
脅威のプロジェクト実行術 / 大場京子

■概要(Amazonより引用)

プロジェクトを楽しく成功に導くことは、実は難しくない。
40件を超えるプロジェクトにおいて、いずれも納期通りに、予算以内に収め、品質も良好でカットオーバーした
伝説のプロマネが、システム構築プロジェクトを成功に導くためのプロジェクトマネジメントメソッド
「PROKAN(プロカン)」を一挙公開!

「人に着目し、プロジェクトマネジャーやメンバーなど関係するすべての人が動くようになる」ことが
最大の特徴であるPROKANのメソッドで、プロジェクトマネジメントの悩みを解決できる。

 

■所感

システム/非システムにかかわらず、プロジェクト業務にかかわるPMO初心者にオススメできる良テキストである。

特に、仕事でPMOをやらなければならないがPMBOKを一から学びたいというほどではない、という層には明確にヒットするのではなかろうか。「実践的」であることを意識した記述が非常に多く、とても納得感がある。特に人の感情や心理面を常に意識した内容になっていることがこの本の価値であり、メンバーの「満足度」をKPIに置く著者ならではの記述であるといえる。

 

■メモ

  • ■PJが成功したかどうかの指標
  • ’軸=期日は予想通りか
  • 品質=良好な品質か
  • コスト=適正額で、かつ目標いないか
  • に足度=PJメンバーが「楽しかった」と思えたか
  • チ世い涼成度=狙いが達成できるシステムとなったか
  • アウトプットベースのWBSを作成する(具体的な項目は決まっていなくても、「課題解決の草案を作る」「〃をレビューする」など)
  • 一つのタスク明細は1〜2週間を目安にする
  • 究極のイメージ「議事1名化」、Oneマネジメント(チームが統合された有機体)、Oneプラン(各自の進め方でなく1つの進め方)、Oneゴール(MyゴールじゃなくOurゴール)
  • 人間はアウトプットをするときこそインプットを真剣に見る
  • 計画書は親計画と子計画で構成する
  • 人間はだれしも後から言われて修正するのは嫌がるもの。PJマネジャーは常に半歩先を行くことが必要
  • ■NGプロマネ
  • .織好の担当者を明確にしていない
  • PJの方針をはっきりさせていない(方針不明確)
  • メンバー同士個別打ち合わせがベースになっている
  • PJマネジャーの支配意識が強い
  • ■システムスコープを定義する際の3点セット
  • .轡好謄牴夙楼呂離ぅ瓠璽検癖現顱法↓概念設計図(A4一枚の全体関係図)、サブシステム定義表
  • スケジュールをブラッシュアップする際は、最上段のマスタスケ→最下段の作業明細→中段のチームスケジュールという順番で作成する
  • 相手がある仕事をするべし/させるべし
  • PJマネジャー直下の担当者はご法度。PJの骨格が崩れる
  • 品質管理のパワー対効果
  • 単純な確認事項は定例会の前につぶす
  • 効果想定は楽観パターンと悲観パターンの両面をシュミレートする

 

以上

| ビジネス書(一般) | 15:42 | comments(0) |
仕事の問題地図 ~「で、どこから変える?」進捗しない、ムリ・ムダだらけの働き方 / 沢渡あまね

■概要(Amazonより引用)

シリーズ12万部突破! 今日からつかえる働き方改革のバイブル

「やることが多くて、そもそも最初から終わる気がしない」
「頼んだ仕事の進捗がまったくわからない」
「なんで自分がこんな仕事をしなくちゃいけないのか、さっぱりわからない」
「『他人の力を借りたら負け』だと思ってる」
「やり方を変えようとしても、他部署が抵抗してくる」
「問題があっても、空気を乱す発言はしない」
「同じ失敗を何度も何度も繰り返す」

そんな仕事のムダ、ムダな仕事はなぜ生まれる?
問題の原因を図解で示しつつ、解決策を教えます。

■所感

前記事『職場の問題地図』に関する所感と同じになってしまうが、本書も原因を網羅的に挙げているだけに終わっている。

正直原因をブレスト的に網羅的に挙げていくだけなら、その作業自体はそんなに難しくない。むしろ常に検討を困難にさせる要因は、数多ある原因のうちのどれが改善のドライバーになるのかが非常に見えにくいことにある。本書はそこに対する示唆はない。

著者はコンサル業も行っているようだが、コンサルからこれだけ網羅的な課題を挙げられ「見ての通り原因は色々あります。どれが重要な原因か皆さんで考えてみましょう」なんてことを仮に言われた日には閉口してしまうだろう。問題解決においてコンサルに期待したいのは、要因そのものの洗い出しよりも解決すべき要因を決めるための判断軸を出すことだと自分は思う。その意味でやはり本書はその点に応えられていないと考える。

 

■メモ

  • 要因 −〇纏の進め方の問題(計画をたてられない、進捗が見えない)、個人のスキル(期限に終えられない)、0媼韻箋せちの問題(一体感がない、モチベーションが低い)、た場環境や雰囲気の問題(誰も意見を言わない)、ッ亮韻量簑蝓覆笋衒を知らない、有識者がいない)、人間関係の問題(抵抗する人、邪魔する人が多い)、Я反ド土の問題(失敗から学ばない)
  • モチベーションが低い←役割・責任が不明→仕事に対する意識がバラバラ←目的が共有されていない ⇒ 一体感のなさ
  • チーム形成の4つのフェーズ 縦軸:チームの結束・仕事の効率、横軸:チームのパフォーマンス、フェーズ〃狙期、∈乱期、E一期、さ’輯

 

以上

| ビジネス書(組織・人事) | 21:14 | comments(0) |
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