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記憶の記録。あるいは独白。
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当ブログと京都サンガの”平成”を振り返る

このブログを2008年に立ち上げて、今年で11年になる。気づけば記事数も300に到達しようとしている。今読み返すとどうしようもない内容の記事も多いが、一方で我ながら埋もれさせてしまうのも勿体ないと思うものも少ないが存在する。特にサンガに関する記事は毎度魂を込めて書いてきた分、思い入れが強い。

 

そこで、ちょうど平成が終わった節目でもあるので、サンガ史の振り返りも兼ねて、サンガに関する過去記事のうち特に自分が気に入っている10の記事を紹介しようと思う。ただし、振り返りにあたっては、せっかくなのでそもそもの自分とサンガとの出会いやブログ開設の経緯から話そうと思う。

 

 

■サンガとの出会い〜ブログ開設前まで(1995年〜2007年)

 

初めてサンガの試合を観に行ったのは1995年の鳥栖フューチャーズとの一戦だった。当時、父親に連れられてよくわからず観に行ったと思うが、J昇格に向けたスタジアムの熱気を身体で感じた一日だった。

特に1998年ごろはよく観戦に行ったもので、黒崎や松永、シーラス、そしてエジミウソンが何故か大好きだった。子どもながらに観ていて頼れる存在だったのかなと思う。

 

とはいえJ昇格以降のサンガの苦渋の道のりは周知の通り。頭に残っているのは負けた記憶ばかりで、実際当時はこれほどまでに負けが多いことが不思議でしょうがなかった。しかし当時は「なぜサンガは弱いのか」という素朴な疑問に答えてくれる人はどこにもいなかった。自分の周囲でサンガが好きという人間はほぼおらず、サンガについて熱く話せるのは自分の兄弟くらいであった。

 

2000年からの3年間は、京都から他府県に引っ越したこともあり、サンガを観る機会が極端に減った。その3年の間にサンガは2000年J2降格・2001年J1昇格・2002年天皇杯優勝というまさしくジェットコースターのような日々を過ごしていたわけだが、個人的には悲しくも嬉しくもありながら、どこか他人事な感覚が正直あった。

特に2001年頃に何かの用事で京都に行った際に、1年ぶりくらいに西京極でサンガを観たときの不思議な感覚を今でも覚えている。黒部という見慣れない、しかし絶対的なエースがいつの間にか君臨していて、サポーターは「くろべーくろべーサンガのくろべー!」と誇らしく歌っている。本当に別のチームに変わったんだなと実感させられた。

 

2003年から京都に引っ越し、またサンガを少しずつ観るようになった。この年の最終結果はJ2降格。シーズンの最初から最後まで調子が上向かず、個人的にも辛い記憶が多い。その一方で、観戦に行く度にダラダラと負けるこの感覚が、不思議と懐かしくもあった。

その頃だと思う、今はなくなってしまったが、「唯紫論」というサンガの戦評を書くサイトを発見した。それは、幼少期からずっと感じてきた「なぜサンガは弱いのか」を、初めて論理的・図解的に説明してくれる存在であった。また単にロジカルなだけでなく、その言葉の節々からは、どうしようもないクラブへの愛憎を感じたものであり、見るたびに共感するばかりであった。初めて読んだときは感動したし、純粋に憧れた。こんなクラブであっても、他クラブでお目にかかれないような素晴らしいサポーターがいるのだなと。

 

2005年はサンガにとって一つの転換点だろう。黒部や松井をはじめとした伝説の天皇杯優勝メンバーはほぼいなくなる、もしくは試合に絡まなくなった。代わりに強烈な外国人トリオやJ2オールスターと言われるような新たな陣容に生まれ変わり、2003・2004年の暗い記憶を吹き飛ばすように、豪快に勝ち続けた。

自分は部活でほとんど現地観戦はできなかったが、何となく良い思い出は多い。特に開幕戦の水戸相手の2点差の逆転劇、その際のアレモンの不思議なダンスは今も頭に焼き付いている。

一方で、パウリーニョがすごいのはわかるが、試合内容をちゃんと見ても何故これほど勝てるのかがよくわからないチームでもあった。ただただ勝負強いという印象で、翌年のJ1に向けてぼんやりとした不安を感じていたことをよく憶えている。

 

その不安は2006年にしっかりと的中した。そして、それまでその年ごとの結果に一喜一憂していたのが、この3度目の降格を経験したことで、はっきりと思ったことがあった。ああ、サンガって他のどのJクラブよりも駄目なクラブなんだなと。感じたというより突き付けられたという言う方が正確なのかもしれない。

したがって、クラブの経営に強い問題意識を持ち始めたのはこの頃である。

 

2007年、自分も大人と言える年齢になり、試合を現地で観ることもかなり増えた。

この年はサンガ史に残る激動のシーズンとなった。大学生に負けたり、確かロスタイム被弾が3試合ほど連続で続いたりと、怒りというより理不尽さを感じていたように思う。特にホームのセレッソ戦の最終盤において、勝っているにも関わらずCKで攻撃参加に向かった秋田の後ろ姿に猛烈な不安を感じたことはよく覚えている。あれよあれよという間にカウンターを食らって失点した際の虚無感は計り知れないものがあった。

一方で、田原豊や渡邊大剛といった不器用な若いタレントたちが、壁にぶち当たりながらも徐々に成長していく様は胸を打つものがあった。最も思い出深いのは当然入れ替え戦。彼らが力を発揮し、中堅・ベテランが死力を尽くしたこの一戦は、激動のシーズンを締めくくるにふさわしいクライマックスであった。素直に感動した。

 

この頃から、自分でもサンガについての文章を書いてみたいという思いが強くなっていた。


 

■ブログ開設〜現在(2008年〜2019年)

 

そして2008年、柳沢やシジクレイ、佐藤勇人といった今までにない華やかな陣容と彼らの奮闘による序盤の快進撃を見て、このブログを立ち上げることになる。

以降、細々と続けながら、気づけば11年が経過した。その間のサンガの歴史は、2011年の天皇杯準優勝の栄光を除けば、基本的には暗く苦しい時期が多かった。状況は緩やかに悪化してきたと言っていい。

それに伴いブログの内容は、当初ピッチ上での話が中心だったのが、何度も同じ失敗を繰り返すクラブに対する、監督の選定や選手の補強といったチーム強化に関わる領域に話題が移り、今ではそうした経営判断が行われてしまうクラブ経営やスポンサードの在り方などの根本的な在り方が話題の中心となっている。

 

さあ、ここからがようやく本題である。このブログ開設以降の11年間を過去記事と共に振り返ろうと思う。

 

 

2010.08.04  京都サンガF.C.との闘いは続く

その独裁性と不可解な采配故に有能な人物までも時に対立しチームを去ることになってしまっていたのは、やむをえない部分はあるとはいえ残念だった。倉貫、斉藤は今チームが最も欲しているタイプのプレイヤーである。佐藤はいろいろと発言に思うところは多いものの、彼の移籍が今季の不振につながっている部分があるのは否定できない。パウリーニョの移籍もただただ悲しかったし、もう少しやりようがあったのではないかとは今でも思う。菅澤氏のユース黄金世代が大成する姿も見てみたかった。 
なんにせよ、そのやり方は時に我々の常識を超えており(CB重視とかコンバート地獄とか)不満を持つことも少なくはなかったが、彼がサンガという組織に巣くう弱者のメンタリティと戦い続けてくれていたのは確かであった。なぜなら今までこの難題の改革に本気で取り組んでくれた人間はいなかったからだ。

久々のJ1に胸躍らせた2008年、明らかにおかしくなり始めた2009年を経て、2010年はサンガが最後にJ1にいた年である。ジリ貧状態が続いていた加藤久政権の崩壊、そして秋田政権による座して死を待つ感覚、そして降格、久々にクラブとしての地力の無さを感じさせられた年であった。

この年の加藤氏解任時に書いたのが当記事で、主に加藤氏の功罪について述べている。独裁という歪な体制ながら、初めてクラブにまともな補強を持ち込んでくれた氏に対する複雑な思い、そして後に裏切られることになる秋田氏への淡い期待を述べている。

 

 

 

2010.12.12 馬鹿は死んでも治らない <2010サポーターズミーティング>

とはいえこのフロント陣である。おそらくまた3、4年スパンで、いや下手すれば彼らと契約の切れる二年後にも、信じられないような判断をきっと下すだろう。この会議で尚更その思いを強くした。

そもそもこのチームに希望など感じてはいけないのだ。その諦めの境地こそが今会議の最大の収穫である。近い将来、京都サンガF.C.はきっと歴史を繰り返す。

同年、シーズンの終わりに行われた所謂サポミの内容について暴露したのがこの記事である。

過去の記事の中でも最も多いアクセスがあったかもしれない。サッカー系の様々なサイトに貼られていたことを憶えている。

今改めて見ると、サンガ社長たちの”煮ても焼いても食えない”感覚というか、論理性の無さ、もっとはっきり言えば話の通じなさのようなものをこの頃から感じ始めていることが、文章の節々から伝わってくる。

 

”出典:京都産業大学HPより引用

※今井元社長。年を追うにつれてどんどん馬脚を現していった。

 

 

2012.12.30 J1定着に必要な1年だと信じて(2012 J2第39節〜第43節+昇格PO & 総括) 

エレベータークラブのサンガにとって、重要なのはJ1昇格ではなくJ1定着であることは言うまでもない。

また1年間J2で戦わなければならない、という事実は言うまでもなく重い。クラブの経営は傾くだろうし、ジリ貧の始まりとなってしまう可能性もある。どうやら一部人材も流出しそうだ。

それでも、長期的には意味のある1年になるかもしれない。

後々「あの1年があったから」と言える日がくるかもしれない。

明らかに不安定な今季より、来季1年を経ることでJ1で生き残っていけるための基盤をようやく確立できるかもしれない。

J2の舞台だからこそ新たな芽が台頭するかもしれない。

そんな願いと妄想を胸に、苦しかった今年1年を締め、来年を楽しみに待ちたいと思う。

2012年は、2011年の大木体制の着実な成長と天皇杯準優勝の成果を経て、とてつもなく大きな期待を背負ってスタートした。しかし他クラブの対策は想像以上に厳しく、大木氏を投影したような人間味のあるチームは苦戦に次ぐ苦戦を強いられた。そして、志も実力もあるのに勝ちきれない不条理をクラブに関わる誰もが嘆いた。

それでも、チームは懸命に昇格の一歩手前まで到達する。しかし最後の最後まで現実は冷たく、最終節のまさかの昇格失敗、その後のプレーオフでの大敗という悲劇的結末を迎えることになる。雨が降りしきる中、心の底から落胆した最終節甲府戦は、とても辛い思い出である。

本記事はそんな一年の総括として、明らかにショックから立ち直れていないものの、前を向くために懸命に自分の頭の中を整理した記録である。今思えば立ち直りに向けたリハビリの一貫であったとも言える。

 

 

 

2014.07.08 祖母井GMへの期待と裏切り(2014シーズン前半戦振り返り2/4)

恐らく日本で最も有名なGMである祖母井氏。今までチームを食い物にするような人物すらいたようなサンガフロントにおいては、名の知れたGMが来てくれるというのは正に待望であり悲願であった。が、この3年半、特にこの半年の仕事ぶりには、期待を大きく裏切られた感がある。

2013年にまたも一歩手前で昇格を逃し、ついに大木氏も去った。よって2014年は、大木氏の次だからこそ、大木氏が苦手としていた部分を補完できるような監督さえ来てくれれば、という期待も強くあったように思う。だが実際に来たのは宇宙人バドゥ氏であり、ここからサンガは終わりの見えない迷宮に迷い込むことになる。本記事はそのバドゥ氏を連れてきた祖母井氏への怒りを込めて書いたものである。未だに正気の沙汰とは思えない。

 

 

 

2014.08.02 全選手+α個別評 −FW・スタッフ・メディア編−(2014シーズン前半戦振り返り4/4)

彼にはいくつか悪い意味で伝説的な記事があるが、ここ最近ですらいくつか面白い(「らしい」)記事があったのでを引用したい。

い汎瓜期に書いたのが本記事。この頃はサンガに関わる生ぬるいメディア等の関係者に怒りを感じており、全方位型の批判を行っている。特に当時のJ's GOALで大暴れしていた伝説のライター武田賢宗氏に対して、思いの丈をぶちまけている。

 

”出典:Amazonより引用”

※武田氏も執筆に参加した本。自虐ネタなのだろうが、表紙から若干滑っている。

 

 

2016.01.24 去る人、来る人、残る人(去る人編)

MF駒井善成 →浦和(完全移籍) 
こちらは逆に納得の移籍。移籍金を残したとなれば尚更である。この4年間は十分に活躍してくれたし、サンガでこれ以上成長する余地があまり見えない。引き留める材料もない。
若干気になるのは、駒井はフィニッシュ以外はJ1でも高いレベルにあるとあると思うが、浦和の課題は決定力にある。他人事ながら、浦和の補強ポイントはそこなのかという感は否めない。一番最悪な未来は、チャンスを作り出しながら勝ちきれない浦和と量産型ドリブラーで終わる駒井という状態に陥ること。
なんとか殻を破って、いつか代表に入るような選手になってもらいたい。

最悪だと思っていた2014年の後に監督に就いたのは和田氏。社長の一声で連れてきた人物であるが、前年を上回る深刻な低迷を見せ、見事に”最悪”を更新する。一時の気の迷いとも思えたバドゥ時代を経て、この年の混乱ぶりにはさすがにクラブを見放す選手たちが多く、シーズンオフにはこれまでサンガを支えた主力たちが一気にクラブを後にした。本記事はその選手たちに対する複雑な思いを吐露したもの。

心情は理解できる一方、トップが腐った”育成型クラブ”に、果たして先はあるのかと思わされた暗いシーズンオフであった。

 

 

 

2017.02.28 2017年J2第1節 VSモンテディオ山形 1−2

そして最後のカードを投入して見せた勝利への執念。一発回答で応えたケヴィンオリス。ゴール後の燃えるような雄叫びが、暗闇に小さな灯をともした。

大型補強と石丸氏の手腕によりプレーオフ圏内まで戻れた2016年。にもかかわらず、2017年においてクラブは石丸氏を更迭し、監督経験がない布部氏を起用するという不可解な判断を行った。迎えた開幕戦の感想を述べたのが当記事である。

内容は散々なものであったが、一方で新外国人のケヴィン・オリスが見せた、闘志をむき出しにしたプレーや姿勢は胸を打つものがあった。本記事は非常に短文ではあるが、そんなオリスの魂をうまく表せたような気がしている。ここから2年、サンガは思い出したくもないような漆黒の暗黒期を突き進んでいくことになるが、当時のオリスが灯してくれた”光”を忘れることはないだろう。

 

 

 

2018.01.04 2018年京都サンガに関する10の予想

さて、2018年現在、京都サンガはやはり何も変わっていない。

そもそも上記の予想自体が過去に自クラブで見た話ばかりである。過去から学ばないことこそが京都サンガらしさなのだ。負の歴史を繰り返し続けた結果が今であり、そしてそれはこれからもきっと続いていく。

そんな中、結局京都サンガサポーターとしてできることは、「日本一サッカークラブ経営が苦手な親会社によって経営されているクラブ」という悲運を受け入れ、試合の勝敗やプレー、選手の加入や退団といったその時々の事象を生暖かく見守ることしかない。もちろんそこには応援するだけの価値、すなわち「サンガバリュー」などというものは存在しない。サポーターの心はいつ離れてもおかしくないし、今季更に離れていくことになるだろう。

2018年、”布部続投”という全身が脱力してしまうような判断を受けて、最大限の皮肉を込めて書いたのが本記事。これまでのサンガを見てきた人なら当たり前とも思える予想ではあるが、残念ながら後に、そんな予想の大半が我ながら見事に当たってしまうことになる。

この結果は、京都サンガというクラブが、素人でも想定できるような展開さえ読めていないということ、さらに言えばまともな分析・企画・意思決定機能を持ち合わせていないことを露呈したと言っても過言ではないと思っている。結局、体質は自分が見始めた95年から本質的に変わっていないということなのだろう。

 

 

 

2019.04.10 京セラ悪の経営術―急成長企業に知られざる秘密 / 滝本 忠夫

何より感じたことは、京セラから定期的にミスマッチ人材が社長に送り込まれてくる既存のシステムは、誰も幸せにしないんだなと。そしてそれは、単純にローパフォーマーが排出されていると感じていた以前に比べてもより絶望感が深くなったということでもある。

年々クラブとしての”最低”を更新していく中で、サンガというクラブが何故ここまで駄目なのかを、京セラと社長という観点から分析したのが本記事。如何に、特殊な企業から来た特殊な人材が特殊な環境でサンガの経営にあたっているかがよくわかってもらえると思う。

 

”出典:Amazonより引用”

 

 

2019.05.06 2019年J2第12節 VS 横浜FC −ネットワーク型組織の規律と解放−

開幕前は中田監督のTwitter投稿内容を見てかなり懐疑的であった自分も、この試合を見せられた今、その認識は改めなければならないと感じている。よくこの短期間でここまでの状態に持ってきたなと。

最後はポジティブな記事を。

唯紫論にあこがれて始めておきながら、しばらく戦評らしい戦評を書いていないこともあって本記事を書いた。

今年は、大木元監督以来の魅力的なサッカーができている。もちろん、サンガというクラブの体質は変わっていないし、ある意味中田監督の成功はクラブの改革の妨げになる可能性すらあるわけで、なんとなく手放しでは喜べない部分もある。

とはいえ、だからこそ問われるのは我々サポーターのスタンスである。良いものは良い、悪いものは悪いとクラブに伝えることがやはり重要なのかなと。

もちろんこのクラブの経営陣がどうしようもない状態にあるのは否定しない。だが、現状の体制が当面続く以上、我々としては成績が良かろうがクラブのおかしな点を指摘するべきだし、その逆も然り、それを続けていくほかない。クラブに対して、サポーターが何を不満に思い、何に満足するかを、具体的に、論理的に、明確に伝えていくことを諦めず、声を発することを続けていきたいと思う。

 

 

 

■最後に

さて、このブログを開設して以降、閲覧層もかなり変わってきていると思うが、未だに日々一定のアクセスが存在する。

共感のコメントを頂くこともあった。実際にこの記事を書きながら、過去に頂いたコメントを改めて拝見してなんだかとても温かい気持ちになることができた。

 

こんなどこぞの誰かが放言を吐き散らかしている、しかも不定期更新のブログを見に来てくれる方がいることに改めて感謝である。

そして今後も、この愛すべき、どうしようもないクラブに対して、言いたい放題思いの丈を伝えていきたいと思う。

令和の時代こそサンガが本当に変われることを願って、この記事の締めとしたい。

今後とも当ブログをよろしくお願いします。

 

以上

 

| 京都サンガF.C関連 | 22:30 | comments(2) |
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拝読させていただきました!
私は2005年シーズンから応援をしていますが、このクラブは根本的に経営陣が全く機能していないというのは本当に同意です。
どこかで根本的にメスが入ることには期待しつつもサポーターとしては監督、コーチ、選手を応援することは続けていこうと思います。
| aykyoto | 2019/05/09 11:04 PM |
≫aykyotoさん

お読みいただきありがとうございます。
同じく古参のサポーターですね。よろしくお願いします。

>どこかで根本的にメスが入ることには期待しつつもサポーターとしては監督、コーチ、選手を応援することは続けていこうと思います。

同感ですね。昨年・一昨年のように勝利すら祈れないという状況は辛いですが、少なくとも今年は現場は応援できるので、そこは切り分けて応援していきたいなと思います。
| ejimiuson(管理人) | 2019/05/11 2:20 AM |









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