murasaki

記憶の記録。あるいは独白。
ワインで考えるグローバリゼーション / 山下 範久

■概要(Amazonより引用)

  日本ソムリエ協会認定ワインエキスパートの資格をもつ歴史社会学者によるグローバリゼーション入門講義。
  現代社会における「グローバリゼーション」の問題について、リアルに考えるためのひとつの導入的視角として、ワインという具体的なモノに注目し、モノの視点から入ることで、抽象的な概念の水準で思考停止させることを避け、また他方で特定のイデオロギーに、グローバリゼーションのリアリアティを還元することも避けることをこの講義の目的とする。(後略)

 

■所感

本書は、文庫版では『教養としてのワインの世界史』というタイトルで発売されている。

デジタル大辞泉によれば、「教養」とは「学問、幅広い知識、精神の修養などを通して得られる創造的活力や心の豊かさ、物事に対する理解力」という意味を持つらしい。その意味で本書は、ワインとグローバリゼーションの歴史に留まらない、新たな理解の視座を与えてくれる良書である。

特に中盤の「パーカー」の登場とそれ自身が権威化し、それに対立する概念として生まれた「テロワール」がまたもレッテル化していく過程の考察はとてもドラマチックであり、さらにそうした二元論の問題点を「グローカル/グロースバル」と「実在/無」の4象限の分類を通したその後の考察は明快で納得感があり気持ちが良い。なんというか自分自身の「思考の癖」を的確に指摘されたような気持ちになり、読後感としては蒙を啓かれたような気分になる。

あとがきによれば本書は、グローバリゼーションという抽象的な概念を、ワインという実物を通すことで分かりやすく伝えようとする試みを行いたかったということだが、もっと言えばこのグローバリゼーションとワインを通して、単純化された物の見方に対する警鐘とメタな視点で既存の枠組みを捉えることの重要性(とその快感)を伝えたかったのかなとも思う。

よって本書の対象は、社会学を学ぶ学生やワイン好きに加え、普段効率化・単純化されたフレームワークの中、スピード重視で短期的な最善解を求められているビジネスマンのような人種にも有益かもしれない。ベースの思考の次元を変える良いきっかけになるだろう。

 

■メモ

  • およそ起源なるものは必ず後から見いだされるものであり、そしてより重要なことに、常に特定の視点から見いだされるもの
  • 新しい変化というものは本質的に、その変化が何をもたらすものかは予め知らない。だから変化は、それが根源的であればあるほど、当事者にとってはさしあたり直前の過去を否定することでしか表現できない
  • 近代に入ると事態は逆転する。すなわち伝統という枠の中に再帰性があるのではなく、再帰性という基盤のうえに(伝統も含めて)あらゆる社会的活動が正当化されるようになった。具体的に言えば何をするにも「なぜほかの仕方でなく、その仕方でするのか」という問いに、少なくとも潜在的には答えを用意していなければ、その行為が正当化されないということ
  • 豊かな社会を生きる私たちはつい忘れがちだが、ほんの100年ほど前まで世界は物質的欠乏から自由でなかった
  • 柔軟性が鍵となる経済、できるだけ固定資本を持たずに、多品種少量生産で無在庫経営を目指す経済、これをポスト・フォーディズムという(ジャストインタイムなど)
  • 高付加価値品の付加価値の源泉は移ろいやすい。ブームが去る前に在庫をなくし、次のブームに乗らなくてはいけない
  • フォーディズムによって工業化した農業もまた、ポストフォーディズムの流れの中で今度は情報化を遂げている
  • 必要と欲望、物理的消費と記号的消費を区別する基準は、その商品を買おうとする動機に「他者の視点の介在」があるか。ひらたくいえば「人が欲しがるものだから欲しい」「うらやましがられたい」ということ
  • 「テロワール」がいわば管理された不衛生さによって意図的に演出された「パーカー的なワイン」からの逸脱に張られたラベルと化しているという現実。テロワールは(実質から乖離した)記号としての価値に還元されており、そしてその記号としてのテロワールの実質の部分を埋めているのは、むしろ生産者の個性だということ
  • 変化とは人間と自然のあいだの関係のネットワークから生ずる相互作用・相互影響の連鎖であるということ。(著者が)批判しているのは、どこかにその変化を一元的に統御する主体なり論理なりがあるという前提に縛られてしまう発想。
  • ワインの楽しみはただおいしいかおいしくないかだけでなく、このワインのおいしさとあのワインのおいしさはどう違うのかということについての思索と表現を通じて、単なる感覚的快楽以上のものになりうるところに大きな比重がある。「難しいことはいいから、自分がおいしいと感じるものを素直においしいと思って飲めばいいんだよ」というのは、一見正論のようで、かえってワインの深い楽しみや豊かさへの入り口の在処を隠してしまいかねない
  • モノの多様性を読み解くコードとして記号が重要
  • (マクドナルド化について)元々合理化というのは、非効率性や不確実性を排除していくことで、人間が持つ自由を最大限に発揮できるようにする目的であったはずが、他方で合理化の外部にある人間の立ち振る舞いを次第に許容しなくなる
  • オッカムの剃刀 … 少数の論理でよい場合は多数の論理をたててはいけない
  • グローカルな無からグロースバルな存在へは、グローカルな存在(モノの次元で何らかの個性を与え、それに輪郭を与える言葉を紡ぐことで、特定の範囲の消費者の忠誠を確保するルート)orグロースバルな無(徹底した合理化による持続的欲望を形成するルート)
  • ポストフォーディズム化は、生活者の視点から見ると、日常と非日常が空間的にも時間的にも溶解していく過程
  • ワインの世界におけるグローバリゼーションを語る言説は、しばしば「パーカー」と「テロワール」を対置し、画一性と多様性、作為と自然、果ては資本の論理と職人の論理といった貧しい対立の構図に陥ってしまいがち。しかし実際のところ、その対立は、同じように現実から遊離した双子のイデオロギーだというべきだろう

 

以上

 

 

| 学術書・研究書 | 22:30 | comments(0) |
代表的日本人 / 内村鑑三

■概要(Amazonより引用)

内村鑑三(一八六一―一九三〇)は,「代表的日本人」として西郷隆盛・上杉鷹山・二宮尊徳・中江藤樹・日蓮の五人をあげ,その生涯を叙述する.日清戦争の始まった一八九四年に書かれた本書は岡倉天心『茶の本』,新渡戸稲造『武士道』と共に,日本人が英語で日本の文化・思想を西欧社会に紹介した代表的な著作である.読みやすい新訳.

 

■所感

今回読んだのは「読みやすくしましたシリーズ」の方。

本書で取り上げる人物はいずれも知らない人がいない偉人たちだが、その性格は個々でかなり異なっているように見える。しかし、彼らに共通するのは確かな「正義」と不器用でもそれを貫く「気骨」であると言える。そしてそれは、時に当時の日本人の特徴と言われた「忠誠心」や「愛国心」とは全く異なるものである。

あえてそんな彼らを「代表的日本人」と呼ぶ背景には、当時の日本人の在り方への憂慮があったのだろうなと思った次第。

 

■メモ

  • 「日本人の特性とされがちな盲目的な忠誠心や極端な愛国心とは別の、日本人の良い特性を、世界に伝える一助となることが目的
  • 人は克己心によって成功し、利己心によってしくじる」(西郷)
  • 「どんな形であれ国の名誉が損なわれている場合、政府が行う事ははっきりしている。そうすることで国の存在が危うくなるとしても、義と正義の道にとにかく従うことである」(西郷)
  • お金は多くのことを可能になするが、徳はそれ以上のことを可能にする(二宮←内村)
  • 「先生」とはこの世に先に生まれたから先生ともいうが、本来の意味はこの世の真理を先に会得したから先生である(中江←内村)
  • 「学者とはその徳に対する呼称であって、学識による呼称ではない」(中江)という考え方で徳と品格を最重視していた
  • 「誠実・正義・人の道が目的」(中江)
  • 藤樹にとって正義とはそれ以外に動機を必要としないもの
  • 無宗教の人という表現はよく耳にする。これは単にいかなる宗教にも入信していない、教え導いてくれる存在としての聖職者を一切認めていない、偶像を崇拝していない、というだけのこと。こういう人にも信仰心はあり、心の中の不可解なものを何らかの方法で制御しているだけ。
  • 信仰とは、その人なりの人生の解釈であり、争いばかりのこの世界で生きていくには、人生を何らかの形で会社することが不可欠。何より「死あるところ、必ず宗教あり」

以上

 

 

| 学術書・研究書 | 00:28 | comments(0) |
ボスだけを見る欧米人 みんなの顔まで見る日本人 / 増田貴彦

■概要(Amazonより引用)

欧米にもKYはあるか、日本人と欧米人の目に映る光景はまったく別物!?人がみな同じ現実を見ているとは限らない。文化によって物事の見え方が違う、驚きの大発見。文化心理学が明らかにした心と文化の不思議な関係。

 

■所感

文化心理学の入門編としては最適な一冊。そもそも心理学とは社会や文化というものを取り払って、全人類に共通する普遍の心の在り方を解き明かそうとする学問だが、文化心理学はその考え方に一石を投じる非常に興味深い学問。

特にビジネスの環境においては、経営層の閉鎖的・不可解な意思決定や組織内の非効率的なコミュニケーションなど、明らかに日本企業特有とも思える会社風土が共通して存在しているわけで、本書は長年続くこれらの問題の本質をとらえる一助になるかもしれない。

どうすれば日本人(東洋人)の心理的特徴をポジティブに発揮させられるか、この一冊からより思索を深めていけそうだ。

 

■メモ

  • 従来の心理学が人間の内部だけに目を向け、外部的な情報(文化的要因や社会的要因)は「人のこころとは何か」を理解するのに、それほど重要でないとされる思考の偏りが多くの研究者で共有されてしまった。
  • 文化心理学は「人は決して真空状態で生きているわけではない。社会・文化という豊かな要因があってはじめて、人は人となる」という理論的前提によるアプローチ。それぞれの文化に生きる人がどのように相互理解を確立するかがテーマ。
  • 文化心理学者自体が自国文化のバイアスを受けていることは認めざるを得ないが、それに自覚的かどうかで大きく違う
  • 自らの人生をマージナルな位置に置くことは、文化心理学という分野に携わる者にとっては、宿命的な部分がある。つまり、常にその文化の主流の場所に身を置いていないが故に、それぞれの文化を覚めた視点から見ることを強いられている
  • 私たちのこころは、物理的な機能以上のことを経験によって身に着けて、水かあ、物理的な現実を越えた私たちなりの現実を構成している(実験:目の錯覚)
  • 人は望ましい結果のほうを期待し、望ましくない結果を期待する(実験:曖昧な文字(Bと13)では苦いジュースより甘いジュースを期待)
  • 「人が死んだあとは?」など、意味づけのできない現実を目の前にすると、なんだかむず痒いもの。少しでも曖昧さを軽減するために、その社会で生きている人たちが共有するものの見え方によって、社会の中で「あたりまえのこと」(社会的な現実の構築)として納得されていくケースが多い
  • マーカス博士と北山博士の自己観の2つのモデル。相互独立的自己感、相互協調的自己感。
  • 東アジア系カナダ人は、記憶を手探る場合、本来ならばありえない第三者的な視点で物事を振り返る。これは相手の困難な感情・状況を欧米人に比べ性格に理解する力につながる
  • 一人称的な視点、三人称的な視点のそれぞれはパターンを変えられる可能性がある(例えば一人称の人は鏡を見て話してみる)

 

以上

| 学術書・研究書 | 19:04 | comments(0) |
失敗の本質 日本軍の組織論的研究 / 戸部良一ほか  
評価:
戸部 良一,寺本 義也,鎌田 伸一,杉之尾 孝生,村井 友秀,野中 郁次郎
中央公論社
¥ 823
(1991-08-01)

■概要(Amazonより引用)

敗戦の原因は何か? 今次の日本軍の戦略、組織面の研究に新しい光をあて、日本の企業組織に貴重な示唆を与える一冊。 

 

■所感

言わずと知れた名著である。本当に胸糞の悪いエピソードばかりである。しかし残念ながら、結局にここで描かれている現象(規律より慣行、合理より情理、ご都合主義、責任者不在)は、現代の官公庁、日本企業でいくらでも起きている光景である。もはや国民性といって差し支えない。

逆に言うと、そうした日本人の性弱説に立って組織を設計・運営することが依然として最重要であるとも言える。改めてそうした基本的な戒めを思い出させてくれる一冊である。

 

以上

| 学術書・研究書 | 21:15 | comments(0) |
サイコパス / 中野信子

■概要(Amazonより引用)

とんでもない犯罪を平然と遂行する。ウソがバレても、むしろ自分の方が被害者であるかのようにふるまう…。脳科学の急速な進歩により、そんなサイコパスの脳の謎が徐々に明らかになってきた。私たちの脳と人類の進化に隠されたミステリーに最新科学の目で迫る!

 

■所感

知人から勧められて読んだ本であるが、うーん…不思議な本である。

まず、そもそも「サイコパス」が最初から最後まで定義されない。様々な文献を基に特徴は列挙されているのだが、そもそも「サイコパスとは何なのか」が定義されないまま話が進んでいく。ちなみに、著者の話を総合すると、「外見や語りが過剰に魅力的で、ナルシスティックである」「恐怖や不安、緊張を感じにくく、大舞台でも堂々として見える」「多くの人が倫理的な理由でためらいを感じたり危険に思ってやらなかったりするとことも平然と行うため、挑戦的で勇気があるように見える」「お世辞がうまい人ころがしで、有力者を味方につけていたり、崇拝者のような取り巻きがいたりする」等々(他にもいくつもの特徴が随所に列挙されている)の特徴があるとのことだが、本質的に何を指すのかがはっきりと示されない。

にも関わらず、やれ「勝ち組サイコパス」や「負け組サイコパス」がいると言ったり、サイコパスをモテる理由を唐突に持ち出したり(妙に学術から離れた俗っぽい表現や話である)、有名な大量殺人犯から炎上ブロガー、オタサーの姫、果てには織田信長、毛沢東、マザー・テレサまで、サイコパスであった可能性がある等と言ってみたりと、全く言説が腑に落ちてこない。

何より、一冊を通して著者の主張がない。あらゆる学説を部分的に引っ張ってくるものの、この本を通して何を言いたいかが存在しないため、「So What(だから何?)」が付きまとうばかりである。文章表現も、「…かもしれません」「…という考え方もできるでしょう」「…多いそうです」などといった表現が多数存在する。

強いて言えばあとがきに「(サイコパスについては)残念ながら議論が尽くされているとは言えません。(中略)好むと好まざるとにかかわらず、サイコパスとは共存してゆく道を模索するのが人類にとって最善の選択であると、私は考えます」と締めているが、そりゃそうだろうと。「君、サイコパスだね。死刑!」と殺していくわけにはいかないんだから。

 

まあそもそも、帯の妙にゴシップな雰囲気や、冒頭で脈絡もなく「私はかつてMENSA(人口上位2%の知能指数を有する者が入れる団体)のメンバーでした」との記述等、本書の底が知れる個所がいくつもあるわけで、そのあたりで一旦読み進めるか考えるべきではあった。

それにしても知人はよく本書を他人に薦める気になったなと。不思議な思いは募るばかりだ。

 

■メモ

数少ないが。

  • 著者の主張で一貫しているのは、サイコパスは他人の痛みへの共感が乏しい、ということ。
  • 偏桃体は人間の快・不快や恐怖と言った基本的な情動を決める場所。サイコパスは偏桃体の活動が低い、とのこと。

 

以上

 

| 学術書・研究書 | 14:53 | comments(0) |
おとなの教養 私たちはどこからきて、どこへ行くのか? / 池上彰

■概要(Amazonより引用)

現代の教養とは「自分を知ること」です。
いま、学ぶべき教養とは何か? 現代人必須の7科目とは、「宗教」「宇宙」「人類の旅路」「人間と病気」「経済学」「歴史」「日本と日本人」。この7つを貫くのは、「自分がどういう存在なのか」を考えようとする問題意識だ。7科目のエッセンスを講義形式で明快に説く決定版。現代人の「生きる力」=教養の本質が一気に身につく! 

 

■所感

以前、母校の中東研究担当の教授が池上彰氏について「あらゆる図式を単純化しすぎている」と批判していたことがあったが、この単純化は著者の最大の長所である。こちらのリテラシーは必要であるにせよ、その単純さゆえにこの本も大変に読みやすく、内容も意外と知らなかったことが多く興味深い。

著者は「教養とは自分を知ること」だと言う。

自分自身の話になるが、自分の家族や周囲の人間はどういう生い立ちでどういう思想を持っていて、それが自分の人格形成にどのように影響を与えてきたのかが、今頃になって気になることがある。自分のルーツを知ることで、わかっているようでわかっていない自分自身の深層心理を知ることができるのではないかと。

本書で述べる人類や日本人の成り立ちといった話を読んだからといって、自分自身に対する大きな示唆を得られるわけではない。だが、著者の単純化した簡易な説明は、難解な歴史を読み解く入り口になるし、それは「自分とは何か」を考えるきっかけになるとは思う。
 

■メモ

・印象に残ったのは2つ。一つは病気が如何に人類の進歩に影響したかということ(例えば第一次大戦はスペイン風邪が終わらせた等)。

・もう一つは、韓国は自分たちの力で国を作れなかったというコンプレックスから、国の成り立ちに物語性を生み出すために反日教育を行ってきたと主張している個所。このへんの反日問題に関する著者の言い分は、事実はどうあれ舌鋒鋭いものであった。

 

以上

| 学術書・研究書 | 02:18 | comments(0) |
LIFE SHIFT / リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット
評価:
リンダ グラットン,アンドリュー スコット
東洋経済新報社
¥ 1,944
(2016-10-21)

■概要(Amazonより引用)

誰もが100年生きうる時代をどう生き抜くか。
働き方、学び方、結婚、子育て、人生のすべてが変わる。
目前に迫る長寿社会を楽しむバイブル。
世界で活躍するビジネス思想家が示す、新しい人生のビジョン。
みんなが足並みをそろえて教育、勤労、引退という
3つのステージを生きた時代は終わった。
では、どのように生き方、働き方を変えていくべきか。
その一つの答えが本書にある。
100歳時代の戦略的人生設計書。

 

■所感

100歳を超えて生きることが当たり前になっていく時代にあって、果たして従来の生き方の価値観が正しいのか。

この誰もが漠然と感じている問いに対して、我々の有形の資産・無形の資産をどのように定義付けし、そのうえでどういう生き方がありうるのかを明確に説明してくれている。特に、ついつい経済的な側面ばかりに意識がいきがちな将来設計において、お金に換算できない「無形の資産」、もっと詳しく言えば「生産性資産」「活力資産」「変身資産」の重要性を説いた個所は目から鱗であった。人生のどのステージをどの資産の貯蓄あるいは消費に使うのか、今後の人生設計を強く考えさせられた。

成り行きによる人生の進行はリスキーであり、長生きを厄災ではなく恩恵として享受できるための準備をしていきたいと思う。

 

尚、洋書らしく表現の長ったらしさや話が個人だけでなく政府や企業といった背景の課題まで言及しているので、読了までに時間はかかるが、少なくとも第4章までは必読の価値がある。

 

■メモ

]係紊里いらの資金が必要か

従来の65歳引退、且つ、最低最終所得の50%程度で老後を生きていく想定をする場合、毎年の貯蓄率が25%というかなり大変な数字が試算されている。引退年齢を遅めればより低い貯蓄率で済むが、では70歳や80歳まで仕事で体力をすり減らす生き方を選ぶのか、それとも老後の消費を削るのか、もしくはどこかの特定のステージで時間と体力と引き換えに資金を徹底的に貯めることが必要なのか、パートナーとの補完関係も含めた人生設計が必要になる。

 

¬儀舛了饂

お金(有形の資産)は重要だが、それ自体を目的にしていない。

優しい家族、素晴らしい友人、高度なスキルと知識、肉体的・精神的に恵まれた人生を「良い人生」と考える。これらは全て無形の資産として大きな価値があり、またこれらは有形の資産の形成を助ける点でも重要である。そしてこれらは有形の資産同様、メンテナンスと投資が必要なものとなる。この資産は以下の3つに分類できる。

 

「生産性資産」。人が仕事で生産性を高めて成功し、所得を増やすのに役立つ資産。スキルと知識が主な構成要素。

 

「活力資産」。おおざっぱに言うと肉体的・精神的な健康と幸福。健康や友人関係、パートナーやその他の家族との良好な関係が構成要素。

 

「変身資産」。100年ライフにおいて、その過程で大きな変化や変身を遂げるために必要な資産。自分についてよく知っていること(ありうる自己像を持っているということ)、多様性に富んだ人的ネットワークを持っていること、新しい経験に対して開かれた姿勢を持っていることが構成要素。従来あまり必要とせずこれからの100年ライフにおいて必要な資産と言える。

 

3.0シナリオから5.0シナリオへ

「教育」「勤労」「引退」が従来のシナリオ(男性であれば70歳くらいが寿命の時代のシナリオ)とした場合、現在はこの3つから5つへの変貌すら考えられる。高所得且つ過酷な仕事はそれひとつで40年は持たないし、「活力資産」の大幅な低下につながる。例えばそれらを2つに分散させる間に移行期として無形の資産を築く時期をとるなど、長期的視野での検討が必要になる。

 

以上

| 学術書・研究書 | 15:13 | comments(0) |
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